エネルギッシュな台湾最大の都市「台北」
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二二八事件の記念公園「二二八和平公園」

  ■インフォメーション

 ・現地表記 二二八和平公園 二二八和平公園
 ・オススメ度 ★★★☆
 ・観光所要時間 30分
 ・住所 台北市中正区凱達格蘭大通3号
 ・最寄駅 MRT淡水線「台大醫院」駅より徒歩すぐ
 ・営業時間 5:00~24:00(年中無休)
 ・入場料 無料
 ・公式HP なし
 ・Google地図 https://goo.gl/maps/KU4CB
※住所、営業時間、入場料については公式HPやガイドブック(旅行サイト)を参照にしていますが、変更になっている場合や入力ミスも考えられるのでご自身でも再度確認することをお勧めします。電話番号につきましてもご自身で確認下さい。

  ■動画

【この動画のインフォメーション】
[内容]228和平公園の風景を撮影した動画です。
[撮影日時]2006年6月10日18時25分
[場所]台北(台湾)・228和平公園
[収録時間]51秒

  ■紹介
【二二八事件の記念公園】
1947年に起きた二二八事件のメモリアルパークである二二八和平公園は、日本統治期の1899年に台湾初の洋風公園として造られた台北新公園が前身です。二二八事件勃発50周年となる1996年に現在の名称である二二八和平公園へと改名されました。

公園内には事件で犠牲となった台湾住民を追悼する二二八事件紀念碑や、二二八事件に関する資料が展示されている二二八紀念館(旧日本統治時代のNHK台北支局)があります。また、それら以外にも中国風東屋、国立台湾博物館、野外音楽堂、孔子の像などもあり、見所が多い公園となっています。

[二二八事件とは?]
1947年2月28日に勃発した、中国大陸から逃れてきた蒋介石率いる官僚や軍(外省人)と、もともと住んでいた台湾人(本省人)との大規模抗争のことです。

(もっと細かく説明すると)
日本が敗戦し台湾を去った後、中国の覇権争いで毛沢東(共産党)に敗れた蒋介石(国民党)が、200万人以上の官僚や軍を率いて台湾に流入し、台湾の実権を握るようになりました。しかし、官僚らの汚職・腐敗などから経済状況は著しく悪くなり、治安も悪化していきました。

これに対し、もともと住んでいた本省人の人達は、日本の統治期の方がまだマシだったと不満が高まり、「犬去りて豚来る」とまで揶揄されるようになりました。この犬というのは日本で、豚は国民党(外省人)のことですが、「犬はまだ番犬などで役に立つが、豚は食べて寝るだけ」という意味をあらわしています。

そうした中、1947年2月27日、国民党の取締官が台北でヤミタバコを売っている女性を見つけ、その女性を殴りつけた上、商品や所持金を没収する事件が発生しました。さらには集まった民衆に対しても発砲し、その一人が射殺されるという事態にまで至りました。これをきっかけに本省人は国民党への不満が爆発し、翌28日にデモ隊を結成して市庁舎へ押しかけました。しかし、国民党側は機関銃を向け、無差別に非武装のデモ隊に発砲し、多くの市民が犠牲となりました。これが二二八事件になります。

その後の詳細までここで紹介すると文章が長くなってしまうので、興味のある方はwikipediaや他のサイトを参照下さい。

  ■フォトギャラリー
二二八和平公園の出入口付近
二二八和平公園の出入口付近です(2015年6月撮影)

二二八和平公園と書かれた石碑
二二八和平公園と書かれた石碑です(2006年6月撮影)


二二八和平公園の看板
二二八和平公園の看板です(2006年6月撮影)

二二八事件紀念碑
二二八事件紀念碑です(2006年6月撮影)

少し斜めから撮影した二二八事件紀念碑
少し斜めから撮影した二二八事件紀念碑です(2006年6月撮影)

中国風東屋
中国風東屋です(2006年6月撮影)

黄氏節孝坊という鳥居
黄氏節孝坊という有名な鳥居です(2015年6月撮影)

孔子の像
孔子の像です(2015年6月撮影)

和平鐘
和平鐘です(2015年6月撮影)


[記事更新日]2015年11月26日

※2015年6月、2006年6月に訪れた時の体験を基に作成しています。

・写真を一枚追加しました(2015.11.26)
・ページの表示を高速化させるため、2010年3月7日から公開していたグーグル地図を埋め込みタイプから短縮URLへのリンクに変更した他、最新の写真を追加し、紹介文も一部更新しました(2015.8.14)






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