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	<title>無理か!?　20代でのトライリンガル!?</title>
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	<description>～　20代（2012年8月まで）で英語と韓国語の上級者を目指すために始めた日記　～</description>
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		<title>語学用のMP3プレーヤー購入へ</title>
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		<pubDate>Sat, 25 Jun 2011 12:57:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>KO</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[お久しぶりです（笑）
前回の記事で再開と書いたにも関わらず、あれ以来更新していませんでした（笑）
ただ、「更新していない＝語学のトレーニングをしていない」というわけではなく、一応、それなりにはやっています。
さて、タイトルの件ですが、語学用にMP3プレーヤーを購入することにしました。現在、MP3プレーヤーは2つ持ってはいるのですが、容量が共に1GBと少なく、語学用の音源を入れると普段聴いている歌を消さないといけないので新たに購入することにしました。
今回購入した商品は口コミで評価の良い「Transcend MP3プレーヤー T.sonic MP330」で価格は2800円と非常に安いです。容量は4GBで連続再生時間は12時間程度です。連続再生時間の短かさが気になるところではありますが、容量も十分ですし、再生速度も1.3倍にしたりすることも可能なので語学用には最適かなと思っています。
2011 年 6 月 25 日 21:58 
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			<content:encoded><![CDATA[<p>お久しぶりです（笑）</p>
<p>前回の記事で再開と書いたにも関わらず、あれ以来更新していませんでした（笑）</p>
<p>ただ、「更新していない＝語学のトレーニングをしていない」というわけではなく、一応、それなりにはやっています。</p>
<p>さて、タイトルの件ですが、語学用にMP3プレーヤーを購入することにしました。現在、MP3プレーヤーは2つ持ってはいるのですが、容量が共に1GBと少なく、語学用の音源を入れると普段聴いている歌を消さないといけないので新たに購入することにしました。</p>
<p>今回購入した商品は口コミで評価の良い「Transcend MP3プレーヤー T.sonic MP330」で価格は2800円と非常に安いです。容量は4GBで連続再生時間は12時間程度です。連続再生時間の短かさが気になるところではありますが、容量も十分ですし、再生速度も1.3倍にしたりすることも可能なので語学用には最適かなと思っています。</p>
<p>2011 年 6 月 25 日 21:58 </p>
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		<title>再開</title>
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		<pubDate>Mon, 06 Jun 2011 13:50:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>KO</dc:creator>
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		<description><![CDATA[1年前に気合を入れてオープンしたものの、1ヶ月も経たないうちに休止状態になり、現在まで至っていましたが、今日からまた再開したいと思います。
ただ、あくまでも自分の自分による自分のためのブログなので、内容はその日に何をトレーニングしたかなど、非常にたわいのないものになると思います。なので私以外の人が読んでも100％つまらないと思います（笑）
2011 年 6 月 6 日 22:50
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			<content:encoded><![CDATA[<p>1年前に気合を入れてオープンしたものの、1ヶ月も経たないうちに休止状態になり、現在まで至っていましたが、今日からまた再開したいと思います。</p>
<p>ただ、あくまでも自分の自分による自分のためのブログなので、内容はその日に何をトレーニングしたかなど、非常にたわいのないものになると思います。なので私以外の人が読んでも100％つまらないと思います（笑）</p>
<p>2011 年 6 月 6 日 22:50</p>
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		<title>おととい帰ってきました</title>
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		<pubDate>Fri, 11 Jun 2010 02:25:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>KO</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年6月の旅行]]></category>

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		<description><![CDATA[5泊6日の東京＆韓国旅行から6月9日に帰ってきました。
いや～、韓国は暑かったです。連日、30度超えの真夏日で夜も暑くて寝苦しかったです。
それに対して6月9日の北海道は、機内から出た瞬間に感動的な寒さが私を出迎えてくれました。東京も結構、暖かかったので余計に寒く感じたのかもしれません。
さて、ちょっと今回の旅を振り返ります。前回、ソウルに到着した日まで書いたのでその次の日（6月6日）から書きたいと思います。
6月6日は韓国南部に1泊2日で行く予定だったのですが、南東部（プサン、慶州、蔚山方面）にしようか、南西部（木浦方面）にしようか、前日の「計画を立てる日」では結論が出ませんでした。この結論がでなかった理由は南西部も南東部もKTXで3時間以上かかり、運賃もほぼ同じくらいという点と、行って何をしようか目的がはっきりしていなかったからです。
当日の昼になっても決められず、ロッテマートでガイドブックを片手に昼ご飯を食べながら考え、とりあえずソウル駅に行くことにしました。
そこでも少し考えた結果、釜山方面は去年に行ったので、全く行った事のない木浦にいくことに決めました。木浦は日本統治時代に、たくさんの日本人が住んでいたこともあり、未だに当時の建物が残るという日本人には興味深い場所でもあります。
木浦へはソウル駅からではなく、龍山駅が始発になるのでそこへ移動し、13時台のKTXに乗り込み、そこでガイドブックを熟読し、木浦のどこを巡ろうか考えました。16時30分近くに木浦に到着し、とりあえずはガイドブックにある地図を参照して、観光案内所を探すことにしました。
しかし、観光案内所がなかなか見つからず、結局、案内所は諦めることにしました。というのも私が持っているガイドブックは今年1月に光州に行った際に、寸法があまりにも違うというミスがあったので、それ以来、あまり信用していないからです。
とりあえず、ガイドブックにある日本の関連した建物が残る方面へ歩いていくと、途中から坂道があり、ちょっとした山が見えてきました。これは儒達山（標高228メートル）という木浦では有名な観光名所で、運動にも最適な山でもあります。
私自身、本格的な山登りは嫌いですが、あまり標高の高くない山登りは好きなので、そのまま登ることにしました。ちょっと登ると市街を一望でき、ここでまずは街の構造を確認しました。
歩道の方は比較的整備されていたので、歩きやすかったですが、気温は17時を過ぎているのにも関わらず、あまり下がらず、暑かったです。当然ですが、後半に行くにつれ徐々にきつくなり、最後の方になるとかなり息が切れました。
疲労度で比較すると、水原華城一周（全長5.7km）、香港のビクトリアピーク（標高約400メートル）並みでした。標高228メートルとはいえ、ここ最近、あまり運動していなかったことも、きつかった原因だと思います。
下山後は日本統治時代の建物をちょっと見た後、港方面へも行き、そのついでに宿を探すことにしました。
港近くに小さな旅人宿が2件ほど並んでたので、ちょっとそこをウロウロしているとそこを経営する70代ぐらいのおばあさんが、「泊まる場所をさがしているのかい？」といったようなことを言われたので、とりあえず部屋を見せてもらうことにしました。宿自体が普通の家のような感じで、部屋は急な階段を上ったところにある屋根裏部屋といったところでした。宿泊代は1泊15000W（日本円で1100円～1200円）でしたが、蚊に刺されそうだったことと、インターネットができないという点から、断ることにしました。
実際のところ、インターネットに関しては部屋でできなくても問題はないのですが、日本の実家に一日一回、メールででも無事を知らせる必要があったので、今回はネット可能な宿を探していました。ただ、その人の話ではこの周辺にネットが出来る宿はないとも言っていたので、ネット以外での連絡する方法も考えることにしました。
とはいってもネット以外では国際電話しかなかったので、木浦駅前に戻り、近くにあった公衆電話からかけてみることにしました。とりあえず持っているだけの小銭（小銭しか入れられないため）を投入しましたが、お金を入れている途中に時間切れになり、再度やり直せとアナウンスが流れてしまったり、上手くいきません。しまいには受話器を一旦起き、再度やりなおそうとしたところ、返却口部分のフタが開けっ放しの状態になり、返却される小銭がどんどん地面に落ちる始末。もう電話はここであきらめ、PCバン（日本で言うネットカフェ）を探すことにしました。
そうこうしている間に、徐々に暗くなってきたので宿探し、PCバン探しは中断し、夜景を撮影するため、再度、山に向かいました。ある程度、一望できる位置まで登り、撮影後は再び宿探し、PCバン探しを再開しました。
PCバンは何件か見つけましたが、一度も行ったことがなく、システムもよく分からないので私には入る勇気がなく、ここも諦めることにしました。
ただ、このままでは時間だけが過ぎていくので、ある方法を考えました。それは先程断った旅人宿に行き、そこで5000Wをプラスして宿泊することにし、その宿からかけるという方法です。
とりあえず、その旅人宿に戻り、玄関付近で呼ぼうとしたところ、おばあさんが気付いたので、まだ部屋があれば泊まりたいと伝えると先程の部屋に案内されました。その際に5000Wプラスするから2分間だけ国際電話をしたい旨を伝えると、内線でそこのご主人と連絡をとり、OKということになりました。
でもなんとなく不安そうな雰囲気だったので、10000W追加し、電話がある1階へと移動しました。すると、そこのご主人に横に座れといわれ、携帯電話を渡してきました。固定電話の方が安いんじゃないのと思いつつも、携帯電話からかけることにしました。しかし、いきなりその携帯の電池がメーター一つになり、その上、なぜか上手くいきません。
2階に戻り、ガイドブックを見たところ、通常、国番号の後の市外局番の0は除いてかけるところ、私はそれを含めてかけていたことに気付きました。戻ってきたついでに、固定電話があったので指を指しながら「イーチョナヌン　アンデヨ？（この電話は駄目ですか）」というと、やはり携帯からと言われました。
さっそく、再度かけようとしましたが、そこのご主人がそのガイドブックを手に取り、黙読し、私がかけるから番号をここに書きなさいと言われました。
自分でも間違いに気付いたので、「アッカ　チャルモッテッソヨ（さっき、間違えました」と言い、理由を説明しようとしましたが、0を含めて掛けてしまったという事がいえず、仕方なく電話番号を紙に書くことにしました。他国とはいえ、あまり個人情報は公開したくはなかったのですが、携帯の履歴にも残るのでそこは割り切り、かけてもらいました。無事電話はつながり、秒数は55秒でした。すると5000Wは返してくれました。
部屋に戻る際に通路を挟んで向かえにあるトイレとシャワーの説明を受け、もう休むように言われました。部屋にはテレビもありましたが、部屋の四隅を見ると、私の嫌いなくもの巣がちょっとはってありました。トイレとシャワーの方も虫が一匹飛んでおり、とても休める状況ではありませんでした。
そこで少し考えた結果、この宿から出ることにしました。ただ、一度断っているということもあるので、置手紙をしてそっと出ることにしました。
手紙には「電話への感謝、インターネットがやはり必要なので23時15分までネットができる宿を探して、あればそこに行き、なければ時間までに戻ってくること、最後に戻ってこなくても当然、お金は要らないこと」を書き、内線で店に行く旨伝え、出て行きました。
ちなみにハングルを書くのはあまり慣れておらず、最後の方はハングルの読みをローマ字で表して書きました。私の場合、音を中心に韓国語に触れてきたので話せても書けないということがよくあります。文字中心でやってきた英語とは違った現象が起きている点が面白いなぁとも感じます。
宿を出た後は、駅近くにあったちょっと綺麗そうなモーテル（韓国の場合、日本でいうビジネスホテル）に入ってみました。すると、非常に感じの良い30代前半の兄さんが出てきたので、1泊25000Wでここに泊まることにしました。フロントでは韓国語が上手だと言われ、10分ぐらい会話をしました。北海道も知っており、雪が多いということも知っていました。
部屋の中は旅人宿とは大違いで、インターネットはできないもののやっと落ち着けました。この日はこれで就寝しましたが、宿を現地で探すというのは初めだったので良い経験になりましたし、思っていたより簡単でもありました。全く日本語が使えない状況で色々とやりとりできたことは少なからず自信にもなりました。
次の日（6月7日）は朝8時台のKTXに乗り、午前中にソウルへ戻りました。戻った後は昼を食べ、一旦、ソウルのホテルに戻りました。その後はまたまた1泊2日で中東部の方へ行こうと思ったのですが、一時的に雨が降っていたことと計画が煮詰まっていなかったこともあり、結局中止にしました。
やはり行く前にある程度計画を立てないと、私の場合は駄目なタイプのようです。結局、この日は4～5時間そのまま部屋でパソコンをやって、その後、ソウル市内の行っていない地域へ行くことにしました。そうこうしている内に夜になり、繁華街を歩いていると客引きに呼び止められました。基本、私の場合は「チョヌン　イルボン　サラミンデヨ（私は日本人なんですけど）」と先に言って、そのまま歩くところなんですが、この時は「よく日本から来たね」みたいな感じになり、韓国語も上手いといわれたので、少し話すことにしました。
この日は調子が良かったのか7～8割ほど、相手が言っていることが理解でき、会話もそこそこ弾みました。結局、20分ほど会話しましたが、店に寄ってってという感じなったので、私の決まり文句である「ネイル　イーシガン　タシ　オルッケヨ（明日、この時間にまた来ます）」ということを伝え、ここを去りました（当然ですが明日は来ません笑）。
ちょっと歩くと、また別の客引きに遭遇しました。この客引きは30位の太り気味の兄さんだったのですが、ちょっと面白くて、かたくなに断っていたら、その人が冗談っぽく「ドクトヌン　ウリッタリエヨ（独島は我々の領土ですよ）」と言ってきました。さすがにこれには笑ってしまいました。ここは軽く流して、この繁華街を去り、夕食を食べてこの日は終了となりました。
6月8日は日帰りで東部の方に行くことも考えましたが、やはり計画不足もあり、地方巡りはやめて市内で過ごしました。この散策中にも突然話しかけられ、留学生に間違われたりと、一人で行ったのに随分と会話をした旅でした。
この2ヶ月間、英語ばかりやり、韓国語は休んでいたのでレベルは少し落ちたかもしれないと思っていましたが、逆に英語をやったことにより、韓国語もどこかでレベルアップしてたのかなと思いました。
もちろん、本当にまだまだですが、韓国語に関してはおそらく、20代のうちに上級レベルまでには行けそうな手ごたえは感じています。来年はもっとしっかりと計画を立てて、もうちょっと長い日程で地方巡りできたらなと思います。
あと、最終日の6月9日ですが、13時に成田に到着し、15時ぐらいに上野のアメ横に行きました。アメ横では、今まで使っていた鞄がボロボロになってきたので、1000円ぐらいで使いやすそうなのがあればと思い、探していたところ、人が群がっているお菓子売り場を目にしました。
せっかくなので私もその群に参加し、中を覗いてみると東京の土産が格安で売っており、例えば通常840円のもの人形饅頭が200円などかなりお買い得でした。数量限定ということもあり、まるで号外の奪い合いのような感じでしたが、私は人形饅頭とアイLOVE東京チョコレートをゲットし、300円で購入しました。私自身、お菓子はあまり食べないので買わなくても良かったのですが、家の土産にもなるし、こういうタイムバーゲン自体好きなので買いました（近所のたまご88円セールも時々並んだりします笑）。
その後は適当に時間をつぶした後、20時20発のスカイマークにて帰宅しました。大体、今回の旅はこんな感じでした。正直、計画があまり立てられない状態で行ったこともあり、旅行の内容自体は薄かったですが、現地の人達とここまで話したこともなかったので面白い旅でした。また、泊りがけで行く地方の面白さというのも新たに見つかり、意味のある旅行になりました。
本当は他にも飛行機でのエピソード、ソウルの宿泊先でのエピソードもあるのですが、全て書くととんでもない長さになるので、また機会があれば書きたいと思います。
なお、今回掛かった費用ですが、家からの交通費から全て含めて135000円ほどでした。今年1月に行った11泊12日の旅行では150000円ぐらいだったので、ちょっと掛かりすぎたかもしれませんが、今回はウォン高だったので、いつもよりかなり多めに両替（30000円）し、24万ウォン（18000円ぐらい）を余してきたので、実質11万円台だといえます。
最後に、もしかしたら文が長くなっている分、誤字、脱字、文がおかしいという部分もあるかもしれませんが、あまりこういう文章はチェックせずに書いているので、その辺は軽く流してください笑。
投稿日時：2010年6月11日11:25
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>5泊6日の東京＆韓国旅行から6月9日に帰ってきました。</p>
<p>いや～、韓国は暑かったです。連日、30度超えの真夏日で夜も暑くて寝苦しかったです。</p>
<p>それに対して6月9日の北海道は、機内から出た瞬間に感動的な寒さが私を出迎えてくれました。東京も結構、暖かかったので余計に寒く感じたのかもしれません。</p>
<p>さて、ちょっと今回の旅を振り返ります。前回、ソウルに到着した日まで書いたのでその次の日（6月6日）から書きたいと思います。</p>
<p>6月6日は韓国南部に1泊2日で行く予定だったのですが、南東部（プサン、慶州、蔚山方面）にしようか、南西部（木浦方面）にしようか、前日の「計画を立てる日」では結論が出ませんでした。この結論がでなかった理由は南西部も南東部もKTXで3時間以上かかり、運賃もほぼ同じくらいという点と、行って何をしようか目的がはっきりしていなかったからです。</p>
<p>当日の昼になっても決められず、ロッテマートでガイドブックを片手に昼ご飯を食べながら考え、とりあえずソウル駅に行くことにしました。</p>
<p>そこでも少し考えた結果、釜山方面は去年に行ったので、全く行った事のない木浦にいくことに決めました。木浦は日本統治時代に、たくさんの日本人が住んでいたこともあり、未だに当時の建物が残るという日本人には興味深い場所でもあります。</p>
<p>木浦へはソウル駅からではなく、龍山駅が始発になるのでそこへ移動し、13時台のKTXに乗り込み、そこでガイドブックを熟読し、木浦のどこを巡ろうか考えました。16時30分近くに木浦に到着し、とりあえずはガイドブックにある地図を参照して、観光案内所を探すことにしました。</p>
<p>しかし、観光案内所がなかなか見つからず、結局、案内所は諦めることにしました。というのも私が持っているガイドブックは今年1月に光州に行った際に、寸法があまりにも違うというミスがあったので、それ以来、あまり信用していないからです。</p>
<p>とりあえず、ガイドブックにある日本の関連した建物が残る方面へ歩いていくと、途中から坂道があり、ちょっとした山が見えてきました。これは儒達山（標高228メートル）という木浦では有名な観光名所で、運動にも最適な山でもあります。</p>
<p>私自身、本格的な山登りは嫌いですが、あまり標高の高くない山登りは好きなので、そのまま登ることにしました。ちょっと登ると市街を一望でき、ここでまずは街の構造を確認しました。</p>
<p>歩道の方は比較的整備されていたので、歩きやすかったですが、気温は17時を過ぎているのにも関わらず、あまり下がらず、暑かったです。当然ですが、後半に行くにつれ徐々にきつくなり、最後の方になるとかなり息が切れました。</p>
<p>疲労度で比較すると、水原華城一周（全長5.7km）、香港のビクトリアピーク（標高約400メートル）並みでした。標高228メートルとはいえ、ここ最近、あまり運動していなかったことも、きつかった原因だと思います。</p>
<p>下山後は日本統治時代の建物をちょっと見た後、港方面へも行き、そのついでに宿を探すことにしました。</p>
<p>港近くに小さな旅人宿が2件ほど並んでたので、ちょっとそこをウロウロしているとそこを経営する70代ぐらいのおばあさんが、「泊まる場所をさがしているのかい？」といったようなことを言われたので、とりあえず部屋を見せてもらうことにしました。宿自体が普通の家のような感じで、部屋は急な階段を上ったところにある屋根裏部屋といったところでした。宿泊代は1泊15000W（日本円で1100円～1200円）でしたが、蚊に刺されそうだったことと、インターネットができないという点から、断ることにしました。</p>
<p>実際のところ、インターネットに関しては部屋でできなくても問題はないのですが、日本の実家に一日一回、メールででも無事を知らせる必要があったので、今回はネット可能な宿を探していました。ただ、その人の話ではこの周辺にネットが出来る宿はないとも言っていたので、ネット以外での連絡する方法も考えることにしました。</p>
<p>とはいってもネット以外では国際電話しかなかったので、木浦駅前に戻り、近くにあった公衆電話からかけてみることにしました。とりあえず持っているだけの小銭（小銭しか入れられないため）を投入しましたが、お金を入れている途中に時間切れになり、再度やり直せとアナウンスが流れてしまったり、上手くいきません。しまいには受話器を一旦起き、再度やりなおそうとしたところ、返却口部分のフタが開けっ放しの状態になり、返却される小銭がどんどん地面に落ちる始末。もう電話はここであきらめ、PCバン（日本で言うネットカフェ）を探すことにしました。</p>
<p>そうこうしている間に、徐々に暗くなってきたので宿探し、PCバン探しは中断し、夜景を撮影するため、再度、山に向かいました。ある程度、一望できる位置まで登り、撮影後は再び宿探し、PCバン探しを再開しました。</p>
<p>PCバンは何件か見つけましたが、一度も行ったことがなく、システムもよく分からないので私には入る勇気がなく、ここも諦めることにしました。</p>
<p>ただ、このままでは時間だけが過ぎていくので、ある方法を考えました。それは先程断った旅人宿に行き、そこで5000Wをプラスして宿泊することにし、その宿からかけるという方法です。</p>
<p>とりあえず、その旅人宿に戻り、玄関付近で呼ぼうとしたところ、おばあさんが気付いたので、まだ部屋があれば泊まりたいと伝えると先程の部屋に案内されました。その際に5000Wプラスするから2分間だけ国際電話をしたい旨を伝えると、内線でそこのご主人と連絡をとり、OKということになりました。</p>
<p>でもなんとなく不安そうな雰囲気だったので、10000W追加し、電話がある1階へと移動しました。すると、そこのご主人に横に座れといわれ、携帯電話を渡してきました。固定電話の方が安いんじゃないのと思いつつも、携帯電話からかけることにしました。しかし、いきなりその携帯の電池がメーター一つになり、その上、なぜか上手くいきません。</p>
<p>2階に戻り、ガイドブックを見たところ、通常、国番号の後の市外局番の0は除いてかけるところ、私はそれを含めてかけていたことに気付きました。戻ってきたついでに、固定電話があったので指を指しながら「イーチョナヌン　アンデヨ？（この電話は駄目ですか）」というと、やはり携帯からと言われました。</p>
<p>さっそく、再度かけようとしましたが、そこのご主人がそのガイドブックを手に取り、黙読し、私がかけるから番号をここに書きなさいと言われました。</p>
<p>自分でも間違いに気付いたので、「アッカ　チャルモッテッソヨ（さっき、間違えました」と言い、理由を説明しようとしましたが、0を含めて掛けてしまったという事がいえず、仕方なく電話番号を紙に書くことにしました。他国とはいえ、あまり個人情報は公開したくはなかったのですが、携帯の履歴にも残るのでそこは割り切り、かけてもらいました。無事電話はつながり、秒数は55秒でした。すると5000Wは返してくれました。</p>
<p>部屋に戻る際に通路を挟んで向かえにあるトイレとシャワーの説明を受け、もう休むように言われました。部屋にはテレビもありましたが、部屋の四隅を見ると、私の嫌いなくもの巣がちょっとはってありました。トイレとシャワーの方も虫が一匹飛んでおり、とても休める状況ではありませんでした。</p>
<p>そこで少し考えた結果、この宿から出ることにしました。ただ、一度断っているということもあるので、置手紙をしてそっと出ることにしました。</p>
<p>手紙には「電話への感謝、インターネットがやはり必要なので23時15分までネットができる宿を探して、あればそこに行き、なければ時間までに戻ってくること、最後に戻ってこなくても当然、お金は要らないこと」を書き、内線で店に行く旨伝え、出て行きました。</p>
<p>ちなみにハングルを書くのはあまり慣れておらず、最後の方はハングルの読みをローマ字で表して書きました。私の場合、音を中心に韓国語に触れてきたので話せても書けないということがよくあります。文字中心でやってきた英語とは違った現象が起きている点が面白いなぁとも感じます。</p>
<p>宿を出た後は、駅近くにあったちょっと綺麗そうなモーテル（韓国の場合、日本でいうビジネスホテル）に入ってみました。すると、非常に感じの良い30代前半の兄さんが出てきたので、1泊25000Wでここに泊まることにしました。フロントでは韓国語が上手だと言われ、10分ぐらい会話をしました。北海道も知っており、雪が多いということも知っていました。</p>
<p>部屋の中は旅人宿とは大違いで、インターネットはできないもののやっと落ち着けました。この日はこれで就寝しましたが、宿を現地で探すというのは初めだったので良い経験になりましたし、思っていたより簡単でもありました。全く日本語が使えない状況で色々とやりとりできたことは少なからず自信にもなりました。</p>
<p>次の日（6月7日）は朝8時台のKTXに乗り、午前中にソウルへ戻りました。戻った後は昼を食べ、一旦、ソウルのホテルに戻りました。その後はまたまた1泊2日で中東部の方へ行こうと思ったのですが、一時的に雨が降っていたことと計画が煮詰まっていなかったこともあり、結局中止にしました。</p>
<p>やはり行く前にある程度計画を立てないと、私の場合は駄目なタイプのようです。結局、この日は4～5時間そのまま部屋でパソコンをやって、その後、ソウル市内の行っていない地域へ行くことにしました。そうこうしている内に夜になり、繁華街を歩いていると客引きに呼び止められました。基本、私の場合は「チョヌン　イルボン　サラミンデヨ（私は日本人なんですけど）」と先に言って、そのまま歩くところなんですが、この時は「よく日本から来たね」みたいな感じになり、韓国語も上手いといわれたので、少し話すことにしました。</p>
<p>この日は調子が良かったのか7～8割ほど、相手が言っていることが理解でき、会話もそこそこ弾みました。結局、20分ほど会話しましたが、店に寄ってってという感じなったので、私の決まり文句である「ネイル　イーシガン　タシ　オルッケヨ（明日、この時間にまた来ます）」ということを伝え、ここを去りました（当然ですが明日は来ません笑）。</p>
<p>ちょっと歩くと、また別の客引きに遭遇しました。この客引きは30位の太り気味の兄さんだったのですが、ちょっと面白くて、かたくなに断っていたら、その人が冗談っぽく「ドクトヌン　ウリッタリエヨ（独島は我々の領土ですよ）」と言ってきました。さすがにこれには笑ってしまいました。ここは軽く流して、この繁華街を去り、夕食を食べてこの日は終了となりました。</p>
<p>6月8日は日帰りで東部の方に行くことも考えましたが、やはり計画不足もあり、地方巡りはやめて市内で過ごしました。この散策中にも突然話しかけられ、留学生に間違われたりと、一人で行ったのに随分と会話をした旅でした。</p>
<p>この2ヶ月間、英語ばかりやり、韓国語は休んでいたのでレベルは少し落ちたかもしれないと思っていましたが、逆に英語をやったことにより、韓国語もどこかでレベルアップしてたのかなと思いました。</p>
<p>もちろん、本当にまだまだですが、韓国語に関してはおそらく、20代のうちに上級レベルまでには行けそうな手ごたえは感じています。来年はもっとしっかりと計画を立てて、もうちょっと長い日程で地方巡りできたらなと思います。</p>
<p>あと、最終日の6月9日ですが、13時に成田に到着し、15時ぐらいに上野のアメ横に行きました。アメ横では、今まで使っていた鞄がボロボロになってきたので、1000円ぐらいで使いやすそうなのがあればと思い、探していたところ、人が群がっているお菓子売り場を目にしました。</p>
<p>せっかくなので私もその群に参加し、中を覗いてみると東京の土産が格安で売っており、例えば通常840円のもの人形饅頭が200円などかなりお買い得でした。数量限定ということもあり、まるで号外の奪い合いのような感じでしたが、私は人形饅頭とアイLOVE東京チョコレートをゲットし、300円で購入しました。私自身、お菓子はあまり食べないので買わなくても良かったのですが、家の土産にもなるし、こういうタイムバーゲン自体好きなので買いました（近所のたまご88円セールも時々並んだりします笑）。</p>
<p>その後は適当に時間をつぶした後、20時20発のスカイマークにて帰宅しました。大体、今回の旅はこんな感じでした。正直、計画があまり立てられない状態で行ったこともあり、旅行の内容自体は薄かったですが、現地の人達とここまで話したこともなかったので面白い旅でした。また、泊りがけで行く地方の面白さというのも新たに見つかり、意味のある旅行になりました。</p>
<p>本当は他にも飛行機でのエピソード、ソウルの宿泊先でのエピソードもあるのですが、全て書くととんでもない長さになるので、また機会があれば書きたいと思います。</p>
<p>なお、今回掛かった費用ですが、家からの交通費から全て含めて135000円ほどでした。今年1月に行った11泊12日の旅行では150000円ぐらいだったので、ちょっと掛かりすぎたかもしれませんが、今回はウォン高だったので、いつもよりかなり多めに両替（30000円）し、24万ウォン（18000円ぐらい）を余してきたので、実質11万円台だといえます。</p>
<p>最後に、もしかしたら文が長くなっている分、誤字、脱字、文がおかしいという部分もあるかもしれませんが、あまりこういう文章はチェックせずに書いているので、その辺は軽く流してください笑。</p>
<p>投稿日時：2010年6月11日11:25</p>
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		<title>東京ドームでグローブ当たりました！！</title>
		<link>http://www.jpn-world.com/trilingual/?p=78</link>
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		<pubDate>Sat, 05 Jun 2010 14:30:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>KO</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年6月の旅行]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.jpn-world.com/trilingual/?p=78</guid>
		<description><![CDATA[2日前にも書いた通り、現在、旅行中で今はホテルにいます。これから明日以降の細かい予定をたてるので今回も短めに書きます。
まず、昨日ですが、東京ドームで日本ハム対巨人の試合を見にいってきました。メガホン、ユニフォームは荷物になるので持っていきませんでしたが、東京ドームでメガホンがほしくなり、買ってしまいました。もともと日本ハムが優勝したら新しいのに変えるというようにしているのに、今年の開幕戦は去年のメガホンを使用していたので、ちょうどいい機会かなとも思っていました。
ただ買ったはいいものの、内野席の最上段ということもあり、あまりたたける雰囲気ではありませんでした。うちわが配られたこともあり、最初の内はうちわを叩いて応援していました。
周りには結構日本ハムファンもいましたし、左隣の人もファイターズファンでした。右隣人と、前列の人は巨人ファンでした。ただ、試合が進むにつれ、日本ハムが勢いに乗っていたこともあり、メガホンを叩いて応援することにしました。
試合の方は両チームあわせて7本もホームランが出るという東京ドームならではの試合で満喫は出来ました。負けてはしまったものの、面白い試合ではあったと思います。ただ、巨人の声援はかなり迫力があり、さすがな感じでした。もちろん人が札幌ドームよりも多いということもありますが、ちょっと札幌ドームとはボリュームが違うように感じました。
さて、タイトルにある件ですが、実は座席番号をもとにした「20名様チャンスプレゼント」に当選しました。その番号はイニングの8回ぐらいにバックスクリーンで発表されたのですが、右に座っていた人から「もしかして当たってません？」と言われ、左に座っていた人からは発表時のバックスクリーンをデジカメで撮影していたこともあり、「これ証拠」と見せられ、「おめでとうございます」と言われました（笑）
ただ、まさか当たるとは思ってもいなかったのでどこに行けばいいのかも聞いておらず、途中で試合に集中できなくなりました。しかもその時は何が当たったのかもよく分からず、そもそも「チャンスプレゼント」という名前から何かに応募できるチャンスだけが当たったのかとも思っていました。
そうした中、坂本のサヨナラホームラン後、再度当選番号が映し出され、そこをよく見るとアディダスのグローブと出ていました。
正直な感想をいうと「なんだぁ～」という感じでした。しかも、これから海外へいくというのにメガホンも買ってしまった上、グローブまで当たって、スーツケースに入るか心配でした。20名様だしフィールドシートとかそういうものかなぁと期待していました。
ただ、今回の席はジャイアンツのホームページにて自ら座席指定した場所なので、どんなものであれ、当たって嬉しかったです。こういうものがあたるのは2008年の札幌ドーム最終戦で500名様のローソンプレゼント以来でした。
なんとかグローブはスーツケースに入れる事ができましたが、その際にローマ字でジャイアンツと刺繍されているのに気付きました&#8230;..。まぁ&#8230;.これも記念かなと思います（笑）
さて、今日については18時ぐらいに韓国のホテルにつき、21時ぐらいに食事に出た以外はずっと明日以降の計画を立てている状況です。やはり、旅行は事前に計画を立てないとこのように現地でどうしようかと時間を無駄に使ってしまいます。ただ、週末は国内外問わず、混雑していてあまり出たくはないので今回はちょうどよかったです（というよりももともと今日は計画を立てる日という計画でした）。
明日以降はとりあえず地方に行こうと思っています。今のところは韓国南部に1泊2日で行こうかなと思っています。明後日は南部から帰ってきた後、ソウルから1～2時間の距離にある地方めぐりを計画中です。一応、今のホテルは4泊とっているので荷物だけ置いて地方に行くという感じになりそうです。
さすがに10回目となると正直、行くところがなくなってきたと言わざるえないです。私の場合はホームページを作るという目的もあるので、いくらでも行こうと思えばいけるのですが、実際、そのホームページもまだ去年に巡った地方すら作っていない状況なのでネタだけがたまっていく感じになっています。
さてさて、短めに書くつもりがかなり長くなってきたので、この辺でやめたいと思います。
投稿日時：2010年6月5日23:30
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2日前にも書いた通り、現在、旅行中で今はホテルにいます。これから明日以降の細かい予定をたてるので今回も短めに書きます。</p>
<p>まず、昨日ですが、東京ドームで日本ハム対巨人の試合を見にいってきました。メガホン、ユニフォームは荷物になるので持っていきませんでしたが、東京ドームでメガホンがほしくなり、買ってしまいました。もともと日本ハムが優勝したら新しいのに変えるというようにしているのに、今年の開幕戦は去年のメガホンを使用していたので、ちょうどいい機会かなとも思っていました。</p>
<p>ただ買ったはいいものの、内野席の最上段ということもあり、あまりたたける雰囲気ではありませんでした。うちわが配られたこともあり、最初の内はうちわを叩いて応援していました。</p>
<p>周りには結構日本ハムファンもいましたし、左隣の人もファイターズファンでした。右隣人と、前列の人は巨人ファンでした。ただ、試合が進むにつれ、日本ハムが勢いに乗っていたこともあり、メガホンを叩いて応援することにしました。</p>
<p>試合の方は両チームあわせて7本もホームランが出るという東京ドームならではの試合で満喫は出来ました。負けてはしまったものの、面白い試合ではあったと思います。ただ、巨人の声援はかなり迫力があり、さすがな感じでした。もちろん人が札幌ドームよりも多いということもありますが、ちょっと札幌ドームとはボリュームが違うように感じました。</p>
<p>さて、タイトルにある件ですが、実は座席番号をもとにした「20名様チャンスプレゼント」に当選しました。その番号はイニングの8回ぐらいにバックスクリーンで発表されたのですが、右に座っていた人から「もしかして当たってません？」と言われ、左に座っていた人からは発表時のバックスクリーンをデジカメで撮影していたこともあり、「これ証拠」と見せられ、「おめでとうございます」と言われました（笑）</p>
<p>ただ、まさか当たるとは思ってもいなかったのでどこに行けばいいのかも聞いておらず、途中で試合に集中できなくなりました。しかもその時は何が当たったのかもよく分からず、そもそも「チャンスプレゼント」という名前から何かに応募できるチャンスだけが当たったのかとも思っていました。</p>
<p>そうした中、坂本のサヨナラホームラン後、再度当選番号が映し出され、そこをよく見るとアディダスのグローブと出ていました。</p>
<p>正直な感想をいうと「なんだぁ～」という感じでした。しかも、これから海外へいくというのにメガホンも買ってしまった上、グローブまで当たって、スーツケースに入るか心配でした。20名様だしフィールドシートとかそういうものかなぁと期待していました。</p>
<p>ただ、今回の席はジャイアンツのホームページにて自ら座席指定した場所なので、どんなものであれ、当たって嬉しかったです。こういうものがあたるのは2008年の札幌ドーム最終戦で500名様のローソンプレゼント以来でした。</p>
<p>なんとかグローブはスーツケースに入れる事ができましたが、その際にローマ字でジャイアンツと刺繍されているのに気付きました&#8230;..。まぁ&#8230;.これも記念かなと思います（笑）</p>
<p>さて、今日については18時ぐらいに韓国のホテルにつき、21時ぐらいに食事に出た以外はずっと明日以降の計画を立てている状況です。やはり、旅行は事前に計画を立てないとこのように現地でどうしようかと時間を無駄に使ってしまいます。ただ、週末は国内外問わず、混雑していてあまり出たくはないので今回はちょうどよかったです（というよりももともと今日は計画を立てる日という計画でした）。</p>
<p>明日以降はとりあえず地方に行こうと思っています。今のところは韓国南部に1泊2日で行こうかなと思っています。明後日は南部から帰ってきた後、ソウルから1～2時間の距離にある地方めぐりを計画中です。一応、今のホテルは4泊とっているので荷物だけ置いて地方に行くという感じになりそうです。</p>
<p>さすがに10回目となると正直、行くところがなくなってきたと言わざるえないです。私の場合はホームページを作るという目的もあるので、いくらでも行こうと思えばいけるのですが、実際、そのホームページもまだ去年に巡った地方すら作っていない状況なのでネタだけがたまっていく感じになっています。</p>
<p>さてさて、短めに書くつもりがかなり長くなってきたので、この辺でやめたいと思います。</p>
<p>投稿日時：2010年6月5日23:30</p>
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		<item>
		<title>6月4日から6月9日まで旅行へ行ってきます。</title>
		<link>http://www.jpn-world.com/trilingual/?p=70</link>
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		<pubDate>Thu, 03 Jun 2010 13:26:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>KO</dc:creator>
				<category><![CDATA[2010年6月の旅行]]></category>

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		<description><![CDATA[雇用保険をもらい続けて、ちょうど100日目で仕事が決まりましたので、タイトルの通り、6月4日から6月9日まで旅行へ行くことにしました。
行き先は東京と韓国です。今日、全てのチケットを手配しましたが、まだ細かい宿泊先は決めていないので手短に書きたいと思います。
まず、明日は東京ドームに行って、日本ハム対巨人戦を観戦してそのまま一泊します。ちなみにこのチケットも今日とりましたが、当然、外野もなく、2階の内野席となりました。2006年のアジアシリーズに行った時は外野でおもいっきり応援できましたが、今回はおとなしく見ることにします。ユニフォームは持って行くか検討中です。あしたはたぶん、ダルビッシュなので期待しています。
5日から9日までは韓国に滞在して北海道に戻ってくる日程です。新千歳空港も新しくなったので直行便で韓国まで行っても良かったのですが、ちょうどスカイマークの航空券が東京～千歳間、往復で26000円程度だった上、東京～韓国の航空券もヤフートラベルに掲載されている中で2番目に安い格安航空券（25700円）が買える状態だったのでこのルートにしました。
ちなみに新千歳から韓国までの直行便は税込みで一番安くて50020円だったので対した差はありません。もちろん、東京にいけば成田までの交通費や都内の交通費など掛かるので単純に比較できませんが、やはり単純に直行でいくよりも、国内の都市を経由して行く方が面白みが増します。
今回で韓国への旅行はついに10回目となりますが、実は上海もちょっと迷いました。万博もやっていますし、中国の現在のパワー感じるのも面白いかなとも思ったのですが、航空券もホテル代も高かった上、さすがに下調べもなく、上海に行くのも大変なのでやめました。
さて、本当に時間がなくなってきたので中途半端ですが、ここまでにします。
投稿日時：2010年6月3日22:26
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>雇用保険をもらい続けて、ちょうど100日目で仕事が決まりましたので、タイトルの通り、6月4日から6月9日まで旅行へ行くことにしました。</p>
<p>行き先は東京と韓国です。今日、全てのチケットを手配しましたが、まだ細かい宿泊先は決めていないので手短に書きたいと思います。</p>
<p>まず、明日は東京ドームに行って、日本ハム対巨人戦を観戦してそのまま一泊します。ちなみにこのチケットも今日とりましたが、当然、外野もなく、2階の内野席となりました。2006年のアジアシリーズに行った時は外野でおもいっきり応援できましたが、今回はおとなしく見ることにします。ユニフォームは持って行くか検討中です。あしたはたぶん、ダルビッシュなので期待しています。</p>
<p>5日から9日までは韓国に滞在して北海道に戻ってくる日程です。新千歳空港も新しくなったので直行便で韓国まで行っても良かったのですが、ちょうどスカイマークの航空券が東京～千歳間、往復で26000円程度だった上、東京～韓国の航空券もヤフートラベルに掲載されている中で2番目に安い格安航空券（25700円）が買える状態だったのでこのルートにしました。</p>
<p>ちなみに新千歳から韓国までの直行便は税込みで一番安くて50020円だったので対した差はありません。もちろん、東京にいけば成田までの交通費や都内の交通費など掛かるので単純に比較できませんが、やはり単純に直行でいくよりも、国内の都市を経由して行く方が面白みが増します。</p>
<p>今回で韓国への旅行はついに10回目となりますが、実は上海もちょっと迷いました。万博もやっていますし、中国の現在のパワー感じるのも面白いかなとも思ったのですが、航空券もホテル代も高かった上、さすがに下調べもなく、上海に行くのも大変なのでやめました。</p>
<p>さて、本当に時間がなくなってきたので中途半端ですが、ここまでにします。</p>
<p>投稿日時：2010年6月3日22:26</p>
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		<title>現在やっている習得法</title>
		<link>http://www.jpn-world.com/trilingual/?p=58</link>
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		<pubDate>Sun, 30 May 2010 15:00:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>KO</dc:creator>
				<category><![CDATA[現在取り入れている勉強方法]]></category>

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		<description><![CDATA[ここでは現在、私が取り入れている習得方法を英語と韓国語にそれぞれ分けて書いています。
【英語】
［毎日やること］
・データベース3000のレベル1～3の例文を毎朝1回リスニング（30分程度）
・データベース3000のレベル4～6の例文を毎晩1回リスニング（30分程度）
［時々やること］
・海外ドラマ「フルハウス」を英語字幕で視聴することとスクリプトで文の構造や不明な単語を確認すること
・ドラゴンクエスト3の海外版をやりながら、分からない単語や文法を調べること（ネイティブがやるゲームだけあって、分からないことだらけだけど、かなり力がつくと実感）
・中学レベルの文法のおさらい
・ビジネス英語入門という本を読む
【韓国語】
［不定期］
・韓国ドラマを言葉を意識しながら字幕付きで視聴
・家にある韓国ドラマ「オールイン」のスクリプトを読む（ただ、オールインはあまり韓国語の勉強には向かない）
・K-POPの歌詞の翻訳
・Skypeで実際に会話をする
【共通してやっていること】
リスニングなどをやる場合、たとえ分からなくても日本語を聞くようにこれが当たり前なんだという意識を持ってやっています。例えばWhat are you doing?という文章があった場合もネイティブの発音のままホアラユードゥーイン？が当たり前なんだという感覚です。
どうしても私なんかは今の例でいうと「what」のtの音がなくなることに対して納得がいかないというかすっきりせず、文字を追っかけてしまうくせが抜けなかったのですが、これが当たり前というふうに考えるようにしてからはあれこれ考えずに聞けるようになってきた感じがします。とはいってもまだまだですが、とにかく慣れる事が全てだという気持ちでやっています。
投稿日時：2010年5月31日0:00
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ここでは現在、私が取り入れている習得方法を英語と韓国語にそれぞれ分けて書いています。</p>
<p>【英語】<br />
［毎日やること］<br />
・データベース3000のレベル1～3の例文を毎朝1回リスニング（30分程度）<br />
・データベース3000のレベル4～6の例文を毎晩1回リスニング（30分程度）</p>
<p>［時々やること］<br />
・海外ドラマ「フルハウス」を英語字幕で視聴することとスクリプトで文の構造や不明な単語を確認すること<br />
・ドラゴンクエスト3の海外版をやりながら、分からない単語や文法を調べること（ネイティブがやるゲームだけあって、分からないことだらけだけど、かなり力がつくと実感）<br />
・中学レベルの文法のおさらい<br />
・ビジネス英語入門という本を読む</p>
<p>【韓国語】<br />
［不定期］<br />
・韓国ドラマを言葉を意識しながら字幕付きで視聴<br />
・家にある韓国ドラマ「オールイン」のスクリプトを読む（ただ、オールインはあまり韓国語の勉強には向かない）<br />
・K-POPの歌詞の翻訳<br />
・Skypeで実際に会話をする</p>
<p>【共通してやっていること】<br />
リスニングなどをやる場合、たとえ分からなくても日本語を聞くようにこれが当たり前なんだという意識を持ってやっています。例えばWhat are you doing?という文章があった場合もネイティブの発音のままホアラユードゥーイン？が当たり前なんだという感覚です。</p>
<p>どうしても私なんかは今の例でいうと「what」のtの音がなくなることに対して納得がいかないというかすっきりせず、文字を追っかけてしまうくせが抜けなかったのですが、これが当たり前というふうに考えるようにしてからはあれこれ考えずに聞けるようになってきた感じがします。とはいってもまだまだですが、とにかく慣れる事が全てだという気持ちでやっています。</p>
<p>投稿日時：2010年5月31日0:00</p>
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		<item>
		<title>韓国語との出会いと今までやってきた勉強法</title>
		<link>http://www.jpn-world.com/trilingual/?p=33</link>
		<comments>http://www.jpn-world.com/trilingual/?p=33#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 25 May 2010 13:48:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>KO</dc:creator>
				<category><![CDATA[韓国語との出会いと今までやってきた勉強法]]></category>

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		<description><![CDATA[韓国語との出会いは2001年6月、今はなき、札幌帝国座会館でみた「JSA」という映画が一応、初めてになります。一応というのは大したことではないので最後に書いています。
その映画に出会うまでは韓国語というか韓国自体に興味がありませんでした。ただ当時サムスンにいた野球選手、イ・スンヨプだけは知っており、パワフルプロ野球のオリジナルチームにイ・スンヨプという選手を作り、チームに入れて遊ぶほどでした。その当時はまさか日本に来るとは思ってもいませんでしたけど。。
さて、そのJSAですが、ストーリーももちろんよかったのですが、それよりもその映画で流れていたキム・グァンソクの音楽がとても印象に残り、サウンドトラックまで購入しました。
これはK-POPとの出会いでもありました。これがきっかけで、さらにもっと韓国の音楽を聴いてみたいと思うようになり、当時、狸小路にあったノグリ市場という韓国の商品を扱ったお店に行き、「Gold발라드（バラード）」という韓国のバラードを集めた2枚組みのCDと、Positionという歌手のCDを購入して聴くようになりました。
当時の私は特にバラードをよく好んで聴いていたこともあり、韓国のバラードが非常に気に入り、それからウォークマンにも入れて聴くようになりました。ちなみに音楽が好きということもあり、外出時には常にウォークマン（現在はMP3を使用）を持ち歩いていますが、その時から現在に至るまで韓国語の曲がウォークマンから消えることはありませんでした。つまり、それほど日常的に聴くようになっていったともいえます。
ただ、韓国語については、勉強するまでには至らず、むしろ2003年に、カナダ・トロントにあるコリアンタウンに行った際にはその文字に圧倒され、息苦しささえ感じました。これは2004年2月に新大久保のコリアンタウンに行った際にも同様の感覚でした。
そんな中、2004年5月に親と韓国へ初めて旅行することになりました。本場に行けばその印象も変わるかもと思いましたが、やはり韓国に到着した時から、その文字に息苦しさを感じ、もうここには二度と来ないだろうとさえ、本気で思いました。
しかし、JSAの舞台にもなった板門店や南怡島などを観光しているうちに徐々に慣れていきました。そして夜にタクシーに乗っている際に、「真実」のテーマ曲を聴きながら夜の景色を楽しんでいたところ、その一部の景色がどことなく日本の昭和を思い出させるようなそんな錯覚に陥り、すごく不思議な感覚になりました。この瞬間、また来てもいいかなと思い始めました。3泊4日という短い日程ながらもこの旅行が韓国という国そのものにも興味を持つようなりました。
また、板門店に行ったきっかけから第二次世界大戦後における朝鮮半島の歴史についても興味を持つようにもなりましたし、韓国ドラマも徐々に見始めるようになりました。帰国してすぐ、夜中に「ホテリアー」が放送されており、最終的にそのシナリオ・フォトBOOKと台湾版のホテリアーもネットで購入していました。ちょうどこの辺りから、ネット通販を本格的にやるようにもなり、台湾版ホテリアー以外にも英語版「オールイン」とか英語版「ごめん愛してる」とか頻繁に買うようになりました。
韓国語もこの旅行を境に、少しずつ趣味程度にやり始め、一文字一文字、なんとなく読めるようになったものの、ちょっとやらないでいたら、一気に全て忘れてしまいました。
その後、2005年2月には全日空のマイレージを使用して、一人で8泊9日のソウル旅行を行くことにしました。カナダのトロントから帰ってきて3日後だったこともあり、あまり準備できずに現地へと向かいました。
しかし、この時、私は大きなミスをしていました。最初の宿泊先であるソウルタワー・ビレッジの地図、住所、TELを控えて（印刷）いませんでした。とりあえず、自分の頭の中の記憶を頼りにその周辺に行ったものの、アパートのような建物のだったこともあり、どれも同じに見え、さまよいました。途中で限界を感じ、南山ケーブルカー付近のタクシーの運転手に聞いてみることにしました。
しかし、タクシーの運転手もよく分からず「モルゲヌンデ（分からないんだけど）」と言われました。そのタクシーの運転手は親切なことに他のタクシーの運転手にも聞いてくれたものの誰も知りませんでした（笑）
天気もあまりよくなく、本当に大ピンチの状況でしたが、ここで奇跡的にも私がプリントアウトしてきた中に「KIS KOREA」というソウルの情報を配信しているサイトの電話番号がありました。KIS KOREAは当時、唯一ソウルタワービレッジの予約を受け付けているところでもあったので、ここを経由して申し込んだわけではなかったものの、なんとかなるのではと思い、再度、タクシーに向かい、そのTELを見せてみました。するとタクシーの運転手は電話してと頼んでもいないのに、そこにかけて聞いてくれました。その結果、なんとかなるような感じだったので、とりあえずそこのセンターに向かいました。
到着して中に入ると日本語のスタッフが出迎えてくれ、ソウルタワービレッジと連絡を取ってもらい、事なきを得ました。そこのスタッフからは「すごい行動力ですね～」と言われ、感心されましたが、ただ必死なだけでした（笑）
ちなみにこの一年後、同じくソウルタワービレッジに宿泊した際にも似たようなミスをしてしまい、この時には世宗ホテルのベルボーイに助けられました（詳細は省略）。
話を戻しますが、次に泊まったコープレジデンスでもちょっとしたトラブルに見舞われました。これは宿泊予約専門サイト側の手配ミスで、ネット使用できる部屋を手配したはずがされていませんでした。しかも、チェックイン時間の表記ミスもあり、すぐに電話をして話し合いました。色々と話し合った結果、部屋を変えてもらったうえに、宿泊代はお詫びということで宿泊予約サイト側が一泊分を負担することになりました。
この旅行では暮らすようにソウルを旅したいということもあり、米も日本から持っていき、おかずはロッテマートで買って食べたりもしていました。その心がけのせいか旅行なのに朝起きたのが12時だった（当時は学生だったので）ということが2度もありました。
この旅では8泊したこともあり、色々とみて回り、より韓国に興味を持つようになり、2006年2月にはソウル、同年4月には福岡から1泊2日で釜山へも旅行にいきました。
そしてこの年の夏、Skypeで韓国人の友達ができ、毎日のように話し、プレゼントなども交換するようになり、本格的に韓国語の勉強をするようになりました。このときにチャットやメッセンジャーもよくやったことから、ハングルにも慣れはじめました。
そして、この時にある勉強方法も思いつきました。それは、会話の中で出てきた韓国人の使う生のフレーズや覚えた単語をどんどんパソコンに単語登録するという方法です。例えば「はい」と入力して変換キーを押せば「네」が出てくるような感じですね。これをすることにより、すぐに返事も打てますし、簡単な言葉は翻訳機を通さなくてもよくなり、チャットもスムーズに行くようになりました。
ちなみに現在、私のパソコンに3000語近く韓国語が登録されています。ただ、あまり登録しすぎると、韓国語の候補が結構邪魔にもなってちょっとイライラします（笑）
2007年4月頃になると、ちょうどラジオのNHK講座が始まり、それを全てMP3で録音して続けていくようにしました。2007年5月には本格的に韓国語の勉強を始めてから、初のソウル旅行をしましたが、今まで見てきた韓国とは全く違った世界が広がっていました。看板の文字が一部読めるようになっていて、結構感動しました。また、歩いているだけで全てが勉強という感じで看板ばっかり見て歩いていました。
その後もその勢いにのり、NHK講座を中心に韓国語の勉強を続けていましたが、途中で息切れし始め、録音のみ状態になりました。それでもなんとか一年間録音だけは続け、NHKのテキストも1年間買い続けました。結局、録音のみの状態だった部分はその後も聞くことはなく、今もパソコンに保存された状態になっています（笑）。NHKのテキストも後半にいくにつれ、あまりやらなくなったこともあり、きれいな状態でしまわれています。
それでもこのNHKラジオ講座が役立ったことは間違いなく、ある意味、私が持っている数少ない韓国語の教材の中でも最強だと思っています。NHKのテレビ講座の方もやってはいたものの、内容が薄いので、あくまでも言葉に慣れるためだけに見ていました。
2008年5月には6回目となる韓国旅行へ行き、この時には簡単なことは韓国語でいえるようになりつつありました。ホテルにて「チェックインまで時間があるので、荷物だけ預けたいのですが」ということを韓国語でいうと、スタッフから「잘하시네요（上手ですね）」と褒められました。
この辺りから韓国の朱蒙という歴史ドラマも見始め、完全に韓国ドラマを見るのも日常生活の一部になっていきました。しまいには、第5共和国という韓国の現代史を描いたドラマも見て、韓国の現代史まで詳しくなっていきました。
その後も2009年4月、5月にはバスに乗って地方へも行きましたし、2010年1月にもKTXで民主化の舞台ともなった光州に行ったりと行動範囲もかなり広がりました。
だいぶ言葉に慣れてきたこともあり、Skypeでもゆっくり言ってもらえばそこそこの会話はできるようにもなり、英語よりも明らかにレベルが上になりました。とはいえ、まだ韓国ドラマも字幕なしでは3～4割（ホームドラマ的なものに限る）しか理解できないですし、単語も文字で覚えているのではなく、音を中心に覚えているのでパッチム（文字の一部：ㄴㄹなど）を見ないと正確な発音ができないこともよくあります。
今後はこの辺りも詰めてやっていこうと思いますが、基本的にはドラマを元に継続していけば、日常的な会話はできるようになるとほぼ確信にいたっています。スクリプトも韓国のHPに行けばあるので、とにかく慣れるということが全てだと思います。
以上が韓国語の出会いと今までやってきた学習法です。あと、最初に「一応」を最後に説明すると書いたので、ちょっと書きたいと思います。
実は今から3年ほど前に物を整理している時に、ふと高校1年生（1998年）の夏休みの課題（社会科）に使用したノートが見つかりました。この時に出された課題は「どこでもよいので海外旅行のプランを立てる」というもので、そこで私はなんと韓国を取り上げていました。しかも当時の先生宛にハングルでメッセージも書いており、その先生からはハングルでエクセレントと返答されていました。本当に大したことではないのですが、当時から将来、韓国をよく旅行することを予知していたのかなと思いました（笑）
正直、ここまで韓国にはまるとは全く思っていませんでした。もちろん、反日感情が強い国であることも、逆に反韓感情がある人がいることも、色々な諸問題があることも理解しているつもりでいますが、それらのことについては、人それぞれにそれぞれの考え方があるので、私自身はそこまで気にしていません。もちろん、WBCとかで日本に対してかなり過激な報道をしたりしているのを見た時などは「何それ！」と思うことはありますけど、それはそれである意味面白いとも思っています。
ただ今までチャットやスカイプをした同じ世代の韓国人と話す限りでは、日本に対する認識も変わってきているのかなぁというのは少なからず感じています。もちろん、そういう人達は日本に興味があり、日本語を勉強している人が大半であまり参考にはならないとは思いますが・・・。ただ私もせっかくここまでやってきたので、日本語を話す韓国人に負けないように韓国語の勉強を続け、20代の内に日常会話が出来る様にやっていこうと思っています。
投稿日時：2010年5月25日22:48
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>韓国語との出会いは2001年6月、今はなき、札幌帝国座会館でみた「JSA」という映画が一応、初めてになります。一応というのは大したことではないので最後に書いています。</p>
<p>その映画に出会うまでは韓国語というか韓国自体に興味がありませんでした。ただ当時サムスンにいた野球選手、イ・スンヨプだけは知っており、パワフルプロ野球のオリジナルチームにイ・スンヨプという選手を作り、チームに入れて遊ぶほどでした。その当時はまさか日本に来るとは思ってもいませんでしたけど。。</p>
<p>さて、そのJSAですが、ストーリーももちろんよかったのですが、それよりもその映画で流れていたキム・グァンソクの音楽がとても印象に残り、サウンドトラックまで購入しました。</p>
<p>これはK-POPとの出会いでもありました。これがきっかけで、さらにもっと韓国の音楽を聴いてみたいと思うようになり、当時、狸小路にあったノグリ市場という韓国の商品を扱ったお店に行き、「Gold발라드（バラード）」という韓国のバラードを集めた2枚組みのCDと、Positionという歌手のCDを購入して聴くようになりました。</p>
<p>当時の私は特にバラードをよく好んで聴いていたこともあり、韓国のバラードが非常に気に入り、それからウォークマンにも入れて聴くようになりました。ちなみに音楽が好きということもあり、外出時には常にウォークマン（現在はMP3を使用）を持ち歩いていますが、その時から現在に至るまで韓国語の曲がウォークマンから消えることはありませんでした。つまり、それほど日常的に聴くようになっていったともいえます。</p>
<p>ただ、韓国語については、勉強するまでには至らず、むしろ2003年に、カナダ・トロントにあるコリアンタウンに行った際にはその文字に圧倒され、息苦しささえ感じました。これは2004年2月に新大久保のコリアンタウンに行った際にも同様の感覚でした。</p>
<p>そんな中、2004年5月に親と韓国へ初めて旅行することになりました。本場に行けばその印象も変わるかもと思いましたが、やはり韓国に到着した時から、その文字に息苦しさを感じ、もうここには二度と来ないだろうとさえ、本気で思いました。</p>
<p>しかし、JSAの舞台にもなった板門店や南怡島などを観光しているうちに徐々に慣れていきました。そして夜にタクシーに乗っている際に、「真実」のテーマ曲を聴きながら夜の景色を楽しんでいたところ、その一部の景色がどことなく日本の昭和を思い出させるようなそんな錯覚に陥り、すごく不思議な感覚になりました。この瞬間、また来てもいいかなと思い始めました。3泊4日という短い日程ながらもこの旅行が韓国という国そのものにも興味を持つようなりました。</p>
<p>また、板門店に行ったきっかけから第二次世界大戦後における朝鮮半島の歴史についても興味を持つようにもなりましたし、韓国ドラマも徐々に見始めるようになりました。帰国してすぐ、夜中に「ホテリアー」が放送されており、最終的にそのシナリオ・フォトBOOKと台湾版のホテリアーもネットで購入していました。ちょうどこの辺りから、ネット通販を本格的にやるようにもなり、台湾版ホテリアー以外にも英語版「オールイン」とか英語版「ごめん愛してる」とか頻繁に買うようになりました。</p>
<p>韓国語もこの旅行を境に、少しずつ趣味程度にやり始め、一文字一文字、なんとなく読めるようになったものの、ちょっとやらないでいたら、一気に全て忘れてしまいました。</p>
<p>その後、2005年2月には全日空のマイレージを使用して、一人で8泊9日のソウル旅行を行くことにしました。カナダのトロントから帰ってきて3日後だったこともあり、あまり準備できずに現地へと向かいました。</p>
<p>しかし、この時、私は大きなミスをしていました。最初の宿泊先であるソウルタワー・ビレッジの地図、住所、TELを控えて（印刷）いませんでした。とりあえず、自分の頭の中の記憶を頼りにその周辺に行ったものの、アパートのような建物のだったこともあり、どれも同じに見え、さまよいました。途中で限界を感じ、南山ケーブルカー付近のタクシーの運転手に聞いてみることにしました。</p>
<p>しかし、タクシーの運転手もよく分からず「モルゲヌンデ（分からないんだけど）」と言われました。そのタクシーの運転手は親切なことに他のタクシーの運転手にも聞いてくれたものの誰も知りませんでした（笑）</p>
<p>天気もあまりよくなく、本当に大ピンチの状況でしたが、ここで奇跡的にも私がプリントアウトしてきた中に「KIS KOREA」というソウルの情報を配信しているサイトの電話番号がありました。KIS KOREAは当時、唯一ソウルタワービレッジの予約を受け付けているところでもあったので、ここを経由して申し込んだわけではなかったものの、なんとかなるのではと思い、再度、タクシーに向かい、そのTELを見せてみました。するとタクシーの運転手は電話してと頼んでもいないのに、そこにかけて聞いてくれました。その結果、なんとかなるような感じだったので、とりあえずそこのセンターに向かいました。</p>
<p>到着して中に入ると日本語のスタッフが出迎えてくれ、ソウルタワービレッジと連絡を取ってもらい、事なきを得ました。そこのスタッフからは「すごい行動力ですね～」と言われ、感心されましたが、ただ必死なだけでした（笑）</p>
<p>ちなみにこの一年後、同じくソウルタワービレッジに宿泊した際にも似たようなミスをしてしまい、この時には世宗ホテルのベルボーイに助けられました（詳細は省略）。</p>
<p>話を戻しますが、次に泊まったコープレジデンスでもちょっとしたトラブルに見舞われました。これは宿泊予約専門サイト側の手配ミスで、ネット使用できる部屋を手配したはずがされていませんでした。しかも、チェックイン時間の表記ミスもあり、すぐに電話をして話し合いました。色々と話し合った結果、部屋を変えてもらったうえに、宿泊代はお詫びということで宿泊予約サイト側が一泊分を負担することになりました。</p>
<p>この旅行では暮らすようにソウルを旅したいということもあり、米も日本から持っていき、おかずはロッテマートで買って食べたりもしていました。その心がけのせいか旅行なのに朝起きたのが12時だった（当時は学生だったので）ということが2度もありました。</p>
<p>この旅では8泊したこともあり、色々とみて回り、より韓国に興味を持つようになり、2006年2月にはソウル、同年4月には福岡から1泊2日で釜山へも旅行にいきました。</p>
<p>そしてこの年の夏、Skypeで韓国人の友達ができ、毎日のように話し、プレゼントなども交換するようになり、本格的に韓国語の勉強をするようになりました。このときにチャットやメッセンジャーもよくやったことから、ハングルにも慣れはじめました。</p>
<p>そして、この時にある勉強方法も思いつきました。それは、会話の中で出てきた韓国人の使う生のフレーズや覚えた単語をどんどんパソコンに単語登録するという方法です。例えば「はい」と入力して変換キーを押せば「네」が出てくるような感じですね。これをすることにより、すぐに返事も打てますし、簡単な言葉は翻訳機を通さなくてもよくなり、チャットもスムーズに行くようになりました。</p>
<p>ちなみに現在、私のパソコンに3000語近く韓国語が登録されています。ただ、あまり登録しすぎると、韓国語の候補が結構邪魔にもなってちょっとイライラします（笑）</p>
<p>2007年4月頃になると、ちょうどラジオのNHK講座が始まり、それを全てMP3で録音して続けていくようにしました。2007年5月には本格的に韓国語の勉強を始めてから、初のソウル旅行をしましたが、今まで見てきた韓国とは全く違った世界が広がっていました。看板の文字が一部読めるようになっていて、結構感動しました。また、歩いているだけで全てが勉強という感じで看板ばっかり見て歩いていました。</p>
<p>その後もその勢いにのり、NHK講座を中心に韓国語の勉強を続けていましたが、途中で息切れし始め、録音のみ状態になりました。それでもなんとか一年間録音だけは続け、NHKのテキストも1年間買い続けました。結局、録音のみの状態だった部分はその後も聞くことはなく、今もパソコンに保存された状態になっています（笑）。NHKのテキストも後半にいくにつれ、あまりやらなくなったこともあり、きれいな状態でしまわれています。</p>
<p>それでもこのNHKラジオ講座が役立ったことは間違いなく、ある意味、私が持っている数少ない韓国語の教材の中でも最強だと思っています。NHKのテレビ講座の方もやってはいたものの、内容が薄いので、あくまでも言葉に慣れるためだけに見ていました。</p>
<p>2008年5月には6回目となる韓国旅行へ行き、この時には簡単なことは韓国語でいえるようになりつつありました。ホテルにて「チェックインまで時間があるので、荷物だけ預けたいのですが」ということを韓国語でいうと、スタッフから「잘하시네요（上手ですね）」と褒められました。</p>
<p>この辺りから韓国の朱蒙という歴史ドラマも見始め、完全に韓国ドラマを見るのも日常生活の一部になっていきました。しまいには、第5共和国という韓国の現代史を描いたドラマも見て、韓国の現代史まで詳しくなっていきました。</p>
<p>その後も2009年4月、5月にはバスに乗って地方へも行きましたし、2010年1月にもKTXで民主化の舞台ともなった光州に行ったりと行動範囲もかなり広がりました。</p>
<p>だいぶ言葉に慣れてきたこともあり、Skypeでもゆっくり言ってもらえばそこそこの会話はできるようにもなり、英語よりも明らかにレベルが上になりました。とはいえ、まだ韓国ドラマも字幕なしでは3～4割（ホームドラマ的なものに限る）しか理解できないですし、単語も文字で覚えているのではなく、音を中心に覚えているのでパッチム（文字の一部：ㄴㄹなど）を見ないと正確な発音ができないこともよくあります。</p>
<p>今後はこの辺りも詰めてやっていこうと思いますが、基本的にはドラマを元に継続していけば、日常的な会話はできるようになるとほぼ確信にいたっています。スクリプトも韓国のHPに行けばあるので、とにかく慣れるということが全てだと思います。</p>
<p>以上が韓国語の出会いと今までやってきた学習法です。あと、最初に「一応」を最後に説明すると書いたので、ちょっと書きたいと思います。</p>
<p>実は今から3年ほど前に物を整理している時に、ふと高校1年生（1998年）の夏休みの課題（社会科）に使用したノートが見つかりました。この時に出された課題は「どこでもよいので海外旅行のプランを立てる」というもので、そこで私はなんと韓国を取り上げていました。しかも当時の先生宛にハングルでメッセージも書いており、その先生からはハングルでエクセレントと返答されていました。本当に大したことではないのですが、当時から将来、韓国をよく旅行することを予知していたのかなと思いました（笑）</p>
<p>正直、ここまで韓国にはまるとは全く思っていませんでした。もちろん、反日感情が強い国であることも、逆に反韓感情がある人がいることも、色々な諸問題があることも理解しているつもりでいますが、それらのことについては、人それぞれにそれぞれの考え方があるので、私自身はそこまで気にしていません。もちろん、WBCとかで日本に対してかなり過激な報道をしたりしているのを見た時などは「何それ！」と思うことはありますけど、それはそれである意味面白いとも思っています。</p>
<p>ただ今までチャットやスカイプをした同じ世代の韓国人と話す限りでは、日本に対する認識も変わってきているのかなぁというのは少なからず感じています。もちろん、そういう人達は日本に興味があり、日本語を勉強している人が大半であまり参考にはならないとは思いますが・・・。ただ私もせっかくここまでやってきたので、日本語を話す韓国人に負けないように韓国語の勉強を続け、20代の内に日常会話が出来る様にやっていこうと思っています。</p>
<p>投稿日時：2010年5月25日22:48</p>
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		<title>英語との出会いと今まで試した勉強法</title>
		<link>http://www.jpn-world.com/trilingual/?p=26</link>
		<comments>http://www.jpn-world.com/trilingual/?p=26#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 25 May 2010 08:42:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>KO</dc:creator>
				<category><![CDATA[英語との出会いと今まで試した勉強法]]></category>

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		<description><![CDATA[中学時代まで遡って書いていますが、途中から旅行記も含まれており、その当時の記憶の中に入りこんでしまった為、非常に長～い文章になっています（笑）
まず、英語を初めて勉強したのは、多くの方と同様、中学生での授業です。最初のうちは新鮮で嫌いではなかったものの、中学1年生の後半にいくにつれ、文法用語が理解できず、極めて苦手な教科になっていきました。あまり大きな声ではいえないですが、60点満点の学力テストで一桁の点数をとったこともありました。当時は友達と「日本から出る気はないし、英語っていらないよね？」という話をしていたぐらい興味もありませんでした。
高校に入ってからも相変わらず苦手でしたが、さすがにこれ以上、英語で足を引っ張ることだけは避けたかったので、点数を稼ぐためだけに、文法とかはほとんど無視した暗記重視のスタイルでやりました。その結果、成績は安定して10段階で7～10でしたが、根本的に理解していたわけではないので暗記した以外の英文はお手上げ状態でした。
ただ、高校生の時に、洋楽（カーペンターズ、ビートルズ他多数）を聴いたり、海外ドラマ「フルハウス」を見たり、高校2年の教科書に載っていたローマの休日をきっかけに映画もたくさん見るようになりました。また、NHKのイタリア語の語学講座とかもちょっとやってみたりと海外そのものにもかなり興味を持つようになりました。そういったことからも徐々に英語に対する意識が変化し、英語に対する憧れや克服したいという気持ちも少なからず生まれるようになりました。ただ、中学時代にきちんとやらなかったという思いもあり、苦手意識をもったまま大学へと進学しました。
大学へは指定校推薦で進学したので、センター試験は受けなくてすみました。ただ、逆にセンター試験の勉強をしていないということから、英語に対する苦手意識は余計に強くなりました。案の上、入学前に大学側から出された課題には英語が含まれており、全く分かりませんでした。とにかくお手上げ状態だったので、英語が得意の親友に全部やってもらいました（笑）
そうした中、ちょうど大学入学直前にアルバイトを始め、そこで幸いにも英文科の友達が出来ました。その友達に英語を克服したいということを相談すると「まだ十分に今からでも間に合う」と言われ、「とにかく英語を聴くこと」とアドバイスをもらいやってみることにしました。
大学では外国語は必修科目でしたが、英語を選択しなくても良かったため、ロシア語とドイツ語を選択しました。ただ、英語を克服したいという思いもあったため、オーラルコミュニケーションという会話重視の科目も選択することにしました。
しかし、これがまたさらに英語に対する苦手意識を強くさせました。授業内容は全て英語で、基礎が出来ていない私が到底分かるはずもありませんでした。
その結果、自分のペースで一からやり直したいという思いが強く生まれ、オーラルコミュニケーションはやめることにしました。そしてここから私の独学での英語の勉強がスタートしました。ちなみに大学ではその後、一切英語の科目をとらないまま卒業しました。
まず、最初に始めたのは高校時代に使っていた「わかる　使える　アンビシャス高校英語」を読むことにしました。この本は今読んでもかなり分かりやすく、英語の初心者にとっては最適な一冊です。
ただ、それを読んでも「I want to go to Tokyo.」という文で何故toが二回も出てくるのかとか、「A girl singing in karaokebooth」という英文がなぜ文ではなく句なのか、理解出来ませんでした。当然、その語順もよく分かりませんでした。
そこで気分を変えて新しい英語の教材を買うことにしました。最初に買ったのは「基本表現80で身につく英語」という本でした。しかし、この本は文法用語がかなり多く使われ、「目的格補語」「疑問副詞」「原形不定詞」とか初心者向けではありませんでした。それでもせっかく買ったのでと、付属していたCDを寝る前とか聞くようにして利用していました。
あとは、英語はただ聴くだけ（多聴）でも効果があるということだったので、とにかく聴くようにしました。ただ、それをやっても正直、上達した感はなく、別な教材も買い始めるようになり、この頃から教材を買うのが趣味といえるほどになっていきました。数が多いので何の本を買ったのかまでは書きませんが、よく雑誌とかでも紹介されていた「ドリッピー」もやってみました。このドリッピーについては長く続かず、5ヶ月間で終了しました。まともにやればそれなりに実力はつくのかもしれないですが、私には合いませんでした。
そんなこんなで模索しながら続け、その力試しもこめて、2002年2月、JTBのカナダ・トロント6日間フリープランコースを利用し、初めて海外へ一人旅にいくことにしました。ちなみにトロントを選んだのは治安がよいからでした。この旅行で英語の最初の洗礼を受けたのは、乗継先でのバンクーバーにおける入国審査でしたが、それは何とかクリア出来ました。
次に私を待っていた試練はトロント行きの便での機内食でした。カナダの国内線ということもあり、日本語が使えません。英語とフランス語のみです。なにやらメニューが二つあるようでしたが、その内容すら分かりません。とりあえず、何でもいいのでと思い、CAの発音を真似して「ワッホー」と言ってみました。するとワッフルが出てきました。「なるほど、ワッフルのことか・・・」と思いつつも、内心かなりドキドキでした。
トロントに到着後は、私一人の為にJTBの係員が迎に来て、ホテルのチェックインもしてもらいました。到着した日は夜だったこともあり、そのまま就寝し、次の日からトロント市内を散策しました。
そしてその日の夕方、海外の雰囲気に慣れてきたこともあり、電話でピザを注文することにしました。しかし、ここでまた試練が待っていました。ベーコンのピザを注文しようとしても発音が悪く、「sorry sorry」を連発されました。しまいには「No English？」といわれ、自分の力のなさを痛感しました。一応、ピザの方はなんとか注文できましたが・・・。しかも、日本の感覚でミディアムサイズを注文したところ、あまりにも大きくて、二切れしか食べれませんでした。
次の日はなんとかバスに乗ってナイアガラを見に行きました。その次の日も市内観光をしてこの旅行を終えました。初めての海外旅行だったこともあり、すごく良い思い出にはなりましたし、二度と「No English？」と言われないように頑張ろうと思うようになりました。
それから数ヵ月後に、初めてTOEICというテストを受けることにしました。点数は305点でした・・・。それでもいつかは克服したいという思いは変わらず、多聴をメインにその後も続けていきました。そして心のどこかに短期留学ということも考え始めました。夏ごろには具体的に考え始め、その費用を夏休みに一気に稼ぎました。そして2002年12月頃、今はなきGateway21で申し込みを行いました。行き先はまたまたトロントです。
そして2003年2月、これで話せるようになるという思いをこめてトロントへ向かいました。到着するとホームステイ先のマザーとGateway21の担当者が待っていました。Gateway21の担当者とは空港で別れ、ホームステイ先のファザーが運転する車に乗り込み家へと向かいました。
家に到着すると、色々と説明を受けましたが、なんとなくしか分かりませんでした。その後、マザーが誰かを呼ぶと、その娘と同い年の韓国人が出てきました。韓国人は私と同じように留学しているとのことでしたが、Gateway21にはあらかじめ、私一人だけという話だっただけに意味が分かりませんでした。しかも部屋にテレビもはるはずが、それもありませんでした。とりあえず、次の日から語学学校に行くことになっていたので到着した日はそのまま就寝しました。
語学学校では最初にテストがあり、その結果から一番低いクラスにいくことになりました。そのクラスには色々な国の人がいて、国際色豊かでしたが、そのクラスにいた韓国人から「You look like korean」と言われました。韓国語は当時、本格的にやっていたわけではありませんでしたが、「アルゲッスmニダ（わかりました）」「モルゲッスmニダ（わかりません）」という言葉は知っていたので、それを言ってみると発音も韓国人みたいだと喜ばれました。
さて、授業の方は朝9時～3時位まででしたが、オーラルコミュニケーションの再現ではないですが、授業についていけませんでした。一番低いクラスとはいえ、南米人はよくしゃべるし、他の日本人も結構できる人達のように思えました。
結局、トロントの町をもっと観光したいというのもあり、授業は午前中だけにして午後は観光にしました。午後を観光に当てたこともあり、色々とトロントを見て回れましたし、映画館で映画を見たりもできました。ただ、体感温度が-36度の時もあり、それ以外でも朝はほとんど-20度に近かったので、北海道人の私でもかなり寒かったです。
ステイ先では、そこの韓国人と文化の違いとかをときどき話したりしながら過ごし、あっという間に一ヶ月が過ぎ、帰国となりました。
帰国してからの英語力については、ほんの少しだけあがったかも・・という感じで、それほど大きな変化はありませんでした。もちろん一ヶ月という短い期間だったのいうのもありますが、結局、本気でやらない限りは駄目なんだと思いました。
それでもその経験をもとに自分のペースで英語を続けていきました。そして2004年2月にはバンクーバーへ旅行に行き、2004年6月には再度TOEICを受けてみました。その結果、530点（リスニング355点、リーディング175点）でした。一応、2年前から200点以上アップしたので成果は出たのかなと思いました。ただ、リーディングのスコアが2年前と対した変わっていなかったのが残念でした。
その後も30歳までにはしゃべれるようにという漠然とした目標を定め、気が向いたら英語をやるという感じで続けていきました。そして2005年2月にはまたまたトロントへ旅行に行き、同年3月には学生生活も終えました。
しかし、卒業後は英語よりもホームページの作成や韓国語に興味がわき、徐々に英語から離れていきました。2006年にはSkypeで韓国人の友達がいたことや、野球が盛り上がったこともあり、英語は完全にやらなくなり、いつの間にか英語の「え」すら忘れ、英語に対する苦手だけが復活していました。
それから長い月日がながれ、時は2010年3月になっていました。その頃、ちょうど世界フィギュアで日本の選手たちが英語でインタビューしているのを目にしました。その瞬間、またやり始めようかなと思い始めました。4月からは本格的に再開し、学生時代の経験から多聴はやめ、高校時代に使っていた教科書と中学時代の英文法の本から徹底的に基礎を固め、文の構造を理解するようにしました。
年齢を重ねて読解力がついたのか韓国語を勉強していた影響かは分かりませんが、文法も面白く思え、ようやく文や句の違い、語順などが分かるようになってきました。また、とにかく英語は基礎が大事ということと、覚えるというよりも慣れることだということにも気づき始めました。
そして、現在に至り、学生時代に定めた30歳までにという目標を甦らせました。以上が今までやってきた私の独学英語です。
なお、現在、やっている方法については別なページで書くつもりなので、興味のある方はそちらを見てください。今後はその方法で続け、目標を達成したいと思っています。
投稿日時：2010年5月25日17:42
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>中学時代まで遡って書いていますが、途中から旅行記も含まれており、その当時の記憶の中に入りこんでしまった為、非常に長～い文章になっています（笑）</p>
<p>まず、英語を初めて勉強したのは、多くの方と同様、中学生での授業です。最初のうちは新鮮で嫌いではなかったものの、中学1年生の後半にいくにつれ、文法用語が理解できず、極めて苦手な教科になっていきました。あまり大きな声ではいえないですが、60点満点の学力テストで一桁の点数をとったこともありました。当時は友達と「日本から出る気はないし、英語っていらないよね？」という話をしていたぐらい興味もありませんでした。</p>
<p>高校に入ってからも相変わらず苦手でしたが、さすがにこれ以上、英語で足を引っ張ることだけは避けたかったので、点数を稼ぐためだけに、文法とかはほとんど無視した暗記重視のスタイルでやりました。その結果、成績は安定して10段階で7～10でしたが、根本的に理解していたわけではないので暗記した以外の英文はお手上げ状態でした。</p>
<p>ただ、高校生の時に、洋楽（カーペンターズ、ビートルズ他多数）を聴いたり、海外ドラマ「フルハウス」を見たり、高校2年の教科書に載っていたローマの休日をきっかけに映画もたくさん見るようになりました。また、NHKのイタリア語の語学講座とかもちょっとやってみたりと海外そのものにもかなり興味を持つようになりました。そういったことからも徐々に英語に対する意識が変化し、英語に対する憧れや克服したいという気持ちも少なからず生まれるようになりました。ただ、中学時代にきちんとやらなかったという思いもあり、苦手意識をもったまま大学へと進学しました。</p>
<p>大学へは指定校推薦で進学したので、センター試験は受けなくてすみました。ただ、逆にセンター試験の勉強をしていないということから、英語に対する苦手意識は余計に強くなりました。案の上、入学前に大学側から出された課題には英語が含まれており、全く分かりませんでした。とにかくお手上げ状態だったので、英語が得意の親友に全部やってもらいました（笑）</p>
<p>そうした中、ちょうど大学入学直前にアルバイトを始め、そこで幸いにも英文科の友達が出来ました。その友達に英語を克服したいということを相談すると「まだ十分に今からでも間に合う」と言われ、「とにかく英語を聴くこと」とアドバイスをもらいやってみることにしました。</p>
<p>大学では外国語は必修科目でしたが、英語を選択しなくても良かったため、ロシア語とドイツ語を選択しました。ただ、英語を克服したいという思いもあったため、オーラルコミュニケーションという会話重視の科目も選択することにしました。</p>
<p>しかし、これがまたさらに英語に対する苦手意識を強くさせました。授業内容は全て英語で、基礎が出来ていない私が到底分かるはずもありませんでした。</p>
<p>その結果、自分のペースで一からやり直したいという思いが強く生まれ、オーラルコミュニケーションはやめることにしました。そしてここから私の独学での英語の勉強がスタートしました。ちなみに大学ではその後、一切英語の科目をとらないまま卒業しました。</p>
<p>まず、最初に始めたのは高校時代に使っていた「わかる　使える　アンビシャス高校英語」を読むことにしました。この本は今読んでもかなり分かりやすく、英語の初心者にとっては最適な一冊です。</p>
<p>ただ、それを読んでも「I want to go to Tokyo.」という文で何故toが二回も出てくるのかとか、「A girl singing in karaokebooth」という英文がなぜ文ではなく句なのか、理解出来ませんでした。当然、その語順もよく分かりませんでした。</p>
<p>そこで気分を変えて新しい英語の教材を買うことにしました。最初に買ったのは「基本表現80で身につく英語」という本でした。しかし、この本は文法用語がかなり多く使われ、「目的格補語」「疑問副詞」「原形不定詞」とか初心者向けではありませんでした。それでもせっかく買ったのでと、付属していたCDを寝る前とか聞くようにして利用していました。</p>
<p>あとは、英語はただ聴くだけ（多聴）でも効果があるということだったので、とにかく聴くようにしました。ただ、それをやっても正直、上達した感はなく、別な教材も買い始めるようになり、この頃から教材を買うのが趣味といえるほどになっていきました。数が多いので何の本を買ったのかまでは書きませんが、よく雑誌とかでも紹介されていた「ドリッピー」もやってみました。このドリッピーについては長く続かず、5ヶ月間で終了しました。まともにやればそれなりに実力はつくのかもしれないですが、私には合いませんでした。</p>
<p>そんなこんなで模索しながら続け、その力試しもこめて、2002年2月、JTBのカナダ・トロント6日間フリープランコースを利用し、初めて海外へ一人旅にいくことにしました。ちなみにトロントを選んだのは治安がよいからでした。この旅行で英語の最初の洗礼を受けたのは、乗継先でのバンクーバーにおける入国審査でしたが、それは何とかクリア出来ました。</p>
<p>次に私を待っていた試練はトロント行きの便での機内食でした。カナダの国内線ということもあり、日本語が使えません。英語とフランス語のみです。なにやらメニューが二つあるようでしたが、その内容すら分かりません。とりあえず、何でもいいのでと思い、CAの発音を真似して「ワッホー」と言ってみました。するとワッフルが出てきました。「なるほど、ワッフルのことか・・・」と思いつつも、内心かなりドキドキでした。</p>
<p>トロントに到着後は、私一人の為にJTBの係員が迎に来て、ホテルのチェックインもしてもらいました。到着した日は夜だったこともあり、そのまま就寝し、次の日からトロント市内を散策しました。</p>
<p>そしてその日の夕方、海外の雰囲気に慣れてきたこともあり、電話でピザを注文することにしました。しかし、ここでまた試練が待っていました。ベーコンのピザを注文しようとしても発音が悪く、「sorry sorry」を連発されました。しまいには「No English？」といわれ、自分の力のなさを痛感しました。一応、ピザの方はなんとか注文できましたが・・・。しかも、日本の感覚でミディアムサイズを注文したところ、あまりにも大きくて、二切れしか食べれませんでした。</p>
<p>次の日はなんとかバスに乗ってナイアガラを見に行きました。その次の日も市内観光をしてこの旅行を終えました。初めての海外旅行だったこともあり、すごく良い思い出にはなりましたし、二度と「No English？」と言われないように頑張ろうと思うようになりました。</p>
<p>それから数ヵ月後に、初めてTOEICというテストを受けることにしました。点数は305点でした・・・。それでもいつかは克服したいという思いは変わらず、多聴をメインにその後も続けていきました。そして心のどこかに短期留学ということも考え始めました。夏ごろには具体的に考え始め、その費用を夏休みに一気に稼ぎました。そして2002年12月頃、今はなきGateway21で申し込みを行いました。行き先はまたまたトロントです。</p>
<p>そして2003年2月、これで話せるようになるという思いをこめてトロントへ向かいました。到着するとホームステイ先のマザーとGateway21の担当者が待っていました。Gateway21の担当者とは空港で別れ、ホームステイ先のファザーが運転する車に乗り込み家へと向かいました。</p>
<p>家に到着すると、色々と説明を受けましたが、なんとなくしか分かりませんでした。その後、マザーが誰かを呼ぶと、その娘と同い年の韓国人が出てきました。韓国人は私と同じように留学しているとのことでしたが、Gateway21にはあらかじめ、私一人だけという話だっただけに意味が分かりませんでした。しかも部屋にテレビもはるはずが、それもありませんでした。とりあえず、次の日から語学学校に行くことになっていたので到着した日はそのまま就寝しました。</p>
<p>語学学校では最初にテストがあり、その結果から一番低いクラスにいくことになりました。そのクラスには色々な国の人がいて、国際色豊かでしたが、そのクラスにいた韓国人から「You look like korean」と言われました。韓国語は当時、本格的にやっていたわけではありませんでしたが、「アルゲッスmニダ（わかりました）」「モルゲッスmニダ（わかりません）」という言葉は知っていたので、それを言ってみると発音も韓国人みたいだと喜ばれました。</p>
<p>さて、授業の方は朝9時～3時位まででしたが、オーラルコミュニケーションの再現ではないですが、授業についていけませんでした。一番低いクラスとはいえ、南米人はよくしゃべるし、他の日本人も結構できる人達のように思えました。</p>
<p>結局、トロントの町をもっと観光したいというのもあり、授業は午前中だけにして午後は観光にしました。午後を観光に当てたこともあり、色々とトロントを見て回れましたし、映画館で映画を見たりもできました。ただ、体感温度が-36度の時もあり、それ以外でも朝はほとんど-20度に近かったので、北海道人の私でもかなり寒かったです。</p>
<p>ステイ先では、そこの韓国人と文化の違いとかをときどき話したりしながら過ごし、あっという間に一ヶ月が過ぎ、帰国となりました。</p>
<p>帰国してからの英語力については、ほんの少しだけあがったかも・・という感じで、それほど大きな変化はありませんでした。もちろん一ヶ月という短い期間だったのいうのもありますが、結局、本気でやらない限りは駄目なんだと思いました。</p>
<p>それでもその経験をもとに自分のペースで英語を続けていきました。そして2004年2月にはバンクーバーへ旅行に行き、2004年6月には再度TOEICを受けてみました。その結果、530点（リスニング355点、リーディング175点）でした。一応、2年前から200点以上アップしたので成果は出たのかなと思いました。ただ、リーディングのスコアが2年前と対した変わっていなかったのが残念でした。</p>
<p>その後も30歳までにはしゃべれるようにという漠然とした目標を定め、気が向いたら英語をやるという感じで続けていきました。そして2005年2月にはまたまたトロントへ旅行に行き、同年3月には学生生活も終えました。</p>
<p>しかし、卒業後は英語よりもホームページの作成や韓国語に興味がわき、徐々に英語から離れていきました。2006年にはSkypeで韓国人の友達がいたことや、野球が盛り上がったこともあり、英語は完全にやらなくなり、いつの間にか英語の「え」すら忘れ、英語に対する苦手だけが復活していました。</p>
<p>それから長い月日がながれ、時は2010年3月になっていました。その頃、ちょうど世界フィギュアで日本の選手たちが英語でインタビューしているのを目にしました。その瞬間、またやり始めようかなと思い始めました。4月からは本格的に再開し、学生時代の経験から多聴はやめ、高校時代に使っていた教科書と中学時代の英文法の本から徹底的に基礎を固め、文の構造を理解するようにしました。</p>
<p>年齢を重ねて読解力がついたのか韓国語を勉強していた影響かは分かりませんが、文法も面白く思え、ようやく文や句の違い、語順などが分かるようになってきました。また、とにかく英語は基礎が大事ということと、覚えるというよりも慣れることだということにも気づき始めました。</p>
<p>そして、現在に至り、学生時代に定めた30歳までにという目標を甦らせました。以上が今までやってきた私の独学英語です。</p>
<p>なお、現在、やっている方法については別なページで書くつもりなので、興味のある方はそちらを見てください。今後はその方法で続け、目標を達成したいと思っています。</p>
<p>投稿日時：2010年5月25日17:42</p>
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		<title>簡単な自己紹介と現在のレベル</title>
		<link>http://www.jpn-world.com/trilingual/?p=52</link>
		<comments>http://www.jpn-world.com/trilingual/?p=52#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 25 May 2010 04:30:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>KO</dc:creator>
				<category><![CDATA[自己紹介と現レベル]]></category>

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		<description><![CDATA[「このブログについて」でも書いた通り、私自身の自己紹介と現在のレベルについて書きたいと思います。ただ、自己紹介については趣味で作っているホームページに「プロフィール」というコーナーがあるので、ここでは簡単に書きたいと思います。
【名前（ニックネーム）】KO
【誕生年月】1982年8月
【性別】男
【趣味】HP作成、語学、旅行、スポーツ観戦（主に野球とフィギュアスケート）、パソコン、音楽鑑賞、映画鑑賞
【住んでいる場所】北海道
【このブログにおける目標】炎上せずに目標を達成できるよう頑張る
【現在の英語のレベル】初心者は脱したレベル
【現在の韓国語のレベル】初級レベルぐらいかな～
 
投稿日時：2010年5月25日13:30
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「このブログについて」でも書いた通り、私自身の自己紹介と現在のレベルについて書きたいと思います。ただ、自己紹介については趣味で作っているホームページに「プロフィール」というコーナーがあるので、ここでは簡単に書きたいと思います。</p>
<p>【名前（ニックネーム）】KO</p>
<p>【誕生年月】1982年8月</p>
<p>【性別】男</p>
<p>【趣味】HP作成、語学、旅行、スポーツ観戦（主に野球とフィギュアスケート）、パソコン、音楽鑑賞、映画鑑賞</p>
<p>【住んでいる場所】北海道</p>
<p>【このブログにおける目標】炎上せずに目標を達成できるよう頑張る</p>
<p>【現在の英語のレベル】初心者は脱したレベル</p>
<p>【現在の韓国語のレベル】初級レベルぐらいかな～</p>
<p> </p>
<p>投稿日時：2010年5月25日13:30</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>このブログについて</title>
		<link>http://www.jpn-world.com/trilingual/?p=11</link>
		<comments>http://www.jpn-world.com/trilingual/?p=11#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 25 May 2010 03:45:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>KO</dc:creator>
				<category><![CDATA[このブログについて]]></category>

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		<description><![CDATA[このブログは私が20代のうちに英語、韓国語の上級者を目指す日々を綴る公開ブログです。高いモチベーションを維持する為にも前々からこういうブログをやってみたくて始めてみました。ただ、あくまでも自分のためのブログなので、内容はつまらなさ100倍だと思います。
なお、このブログはPHPのプログラム言語とMySQLのデータベースを使った、オープンソースのブログソフト「WordPress」を利用して作成しています。「PHP？MySQLってなに？」と思うかもしれませんが、私もよく分からないので細かい説明はできません。とりあえずWordPressについて言えることは、自分でカスタマイズできるブログということです。URLアドレスを見ても分かるとおり、私が趣味で作っているホームページアドレスが根っこになっているので、他のよくあるブログとはちょっと違うということが分かると思います。
さて、話を元に戻します。このブログのタイトルに「無理か！？」と入っていますが、私が30歳を迎えるのは2012年8月で、あと2年ちょっとしかありません。人によっては「2年もあるじゃん！」と思うかもしれませんが、今から2年前のことを振り返ってみると、私の感覚ではついこの前のことのような感じがします。つまり、私にとって2年という月日はそれだけあっという間ということになります。
当然ですが、語学以外にもやることがたくさんあるので、語学に使える時間は限られてしまいます。しかも、英語と韓国語の両方なので2年ちょっとでは時間が足りず、無理かもしれません。そういったことからそのような文言を入れました。あと、どうでもよいですが、このブログのタイトルでいうトライリンガルとは英語、韓国語、日本語のことです。
さて、何の目標もなく、ただ単に上級者を目指すといっても面白くないので、英語についてはTOEICは900点以上＋日常会話可能、韓国語については字幕なしでドラマ8割以上理解＋日常会話可能＋余裕があれば検定取得（詳細未定）を目標にしようと思います。
ブログの主旨は以上のような感じです。あと、記事に対するコメントについてですが、どなたでも自由に書き込んでいただいてOKです。内容もなんでもOKです。ただ、いうまでもなく、社会的秩序に反するものは削除しますので、その点はご了承下さい♪
さて、ここからスタートといいたいところですが、他の人達のこういうブログを見ると、英語との出会いや習得方法などを書いている人が多いので、私もちょっとそういった記事を別のページで作ってから始めたいと思います。
投稿日時：2010年5月25日12:45
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>このブログは私が20代のうちに英語、韓国語の上級者を目指す日々を綴る公開ブログです。高いモチベーションを維持する為にも前々からこういうブログをやってみたくて始めてみました。ただ、あくまでも自分のためのブログなので、内容はつまらなさ100倍だと思います。</p>
<p>なお、このブログはPHPのプログラム言語とMySQLのデータベースを使った、オープンソースのブログソフト「WordPress」を利用して作成しています。「PHP？MySQLってなに？」と思うかもしれませんが、私もよく分からないので細かい説明はできません。とりあえずWordPressについて言えることは、自分でカスタマイズできるブログということです。URLアドレスを見ても分かるとおり、私が趣味で作っているホームページアドレスが根っこになっているので、他のよくあるブログとはちょっと違うということが分かると思います。</p>
<p>さて、話を元に戻します。このブログのタイトルに「無理か！？」と入っていますが、私が30歳を迎えるのは2012年8月で、あと2年ちょっとしかありません。人によっては「2年もあるじゃん！」と思うかもしれませんが、今から2年前のことを振り返ってみると、私の感覚ではついこの前のことのような感じがします。つまり、私にとって2年という月日はそれだけあっという間ということになります。</p>
<p>当然ですが、語学以外にもやることがたくさんあるので、語学に使える時間は限られてしまいます。しかも、英語と韓国語の両方なので2年ちょっとでは時間が足りず、無理かもしれません。そういったことからそのような文言を入れました。あと、どうでもよいですが、このブログのタイトルでいうトライリンガルとは英語、韓国語、日本語のことです。</p>
<p>さて、何の目標もなく、ただ単に上級者を目指すといっても面白くないので、英語についてはTOEICは900点以上＋日常会話可能、韓国語については字幕なしでドラマ8割以上理解＋日常会話可能＋余裕があれば検定取得（詳細未定）を目標にしようと思います。</p>
<p>ブログの主旨は以上のような感じです。あと、記事に対するコメントについてですが、どなたでも自由に書き込んでいただいてOKです。内容もなんでもOKです。ただ、いうまでもなく、社会的秩序に反するものは削除しますので、その点はご了承下さい♪</p>
<p>さて、ここからスタートといいたいところですが、他の人達のこういうブログを見ると、英語との出会いや習得方法などを書いている人が多いので、私もちょっとそういった記事を別のページで作ってから始めたいと思います。</p>
<p>投稿日時：2010年5月25日12:45</p>
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