2010年 5月

ここでは現在、私が取り入れている習得方法を英語と韓国語にそれぞれ分けて書いています。

【英語】
[毎日やること]
・データベース3000のレベル1~3の例文を毎朝1回リスニング(30分程度)
・データベース3000のレベル4~6の例文を毎晩1回リスニング(30分程度)

[時々やること]
・海外ドラマ「フルハウス」を英語字幕で視聴することとスクリプトで文の構造や不明な単語を確認すること
・ドラゴンクエスト3の海外版をやりながら、分からない単語や文法を調べること(ネイティブがやるゲームだけあって、分からないことだらけだけど、かなり力がつくと実感)
・中学レベルの文法のおさらい
・ビジネス英語入門という本を読む

【韓国語】
[不定期]
・韓国ドラマを言葉を意識しながら字幕付きで視聴
・家にある韓国ドラマ「オールイン」のスクリプトを読む(ただ、オールインはあまり韓国語の勉強には向かない)
・K-POPの歌詞の翻訳
・Skypeで実際に会話をする

【共通してやっていること】
リスニングなどをやる場合、たとえ分からなくても日本語を聞くようにこれが当たり前なんだという意識を持ってやっています。例えばWhat are you doing?という文章があった場合もネイティブの発音のままホアラユードゥーイン?が当たり前なんだという感覚です。

どうしても私なんかは今の例でいうと「what」のtの音がなくなることに対して納得がいかないというかすっきりせず、文字を追っかけてしまうくせが抜けなかったのですが、これが当たり前というふうに考えるようにしてからはあれこれ考えずに聞けるようになってきた感じがします。とはいってもまだまだですが、とにかく慣れる事が全てだという気持ちでやっています。

投稿日時:2010年5月31日0:00

韓国語との出会いは2001年6月、今はなき、札幌帝国座会館でみた「JSA」という映画が一応、初めてになります。一応というのは大したことではないので最後に書いています。

その映画に出会うまでは韓国語というか韓国自体に興味がありませんでした。ただ当時サムスンにいた野球選手、イ・スンヨプだけは知っており、パワフルプロ野球のオリジナルチームにイ・スンヨプという選手を作り、チームに入れて遊ぶほどでした。その当時はまさか日本に来るとは思ってもいませんでしたけど。。

さて、そのJSAですが、ストーリーももちろんよかったのですが、それよりもその映画で流れていたキム・グァンソクの音楽がとても印象に残り、サウンドトラックまで購入しました。

これはK-POPとの出会いでもありました。これがきっかけで、さらにもっと韓国の音楽を聴いてみたいと思うようになり、当時、狸小路にあったノグリ市場という韓国の商品を扱ったお店に行き、「Gold발라드(バラード)」という韓国のバラードを集めた2枚組みのCDと、Positionという歌手のCDを購入して聴くようになりました。

当時の私は特にバラードをよく好んで聴いていたこともあり、韓国のバラードが非常に気に入り、それからウォークマンにも入れて聴くようになりました。ちなみに音楽が好きということもあり、外出時には常にウォークマン(現在はMP3を使用)を持ち歩いていますが、その時から現在に至るまで韓国語の曲がウォークマンから消えることはありませんでした。つまり、それほど日常的に聴くようになっていったともいえます。

ただ、韓国語については、勉強するまでには至らず、むしろ2003年に、カナダ・トロントにあるコリアンタウンに行った際にはその文字に圧倒され、息苦しささえ感じました。これは2004年2月に新大久保のコリアンタウンに行った際にも同様の感覚でした。

そんな中、2004年5月に親と韓国へ初めて旅行することになりました。本場に行けばその印象も変わるかもと思いましたが、やはり韓国に到着した時から、その文字に息苦しさを感じ、もうここには二度と来ないだろうとさえ、本気で思いました。

しかし、JSAの舞台にもなった板門店や南怡島などを観光しているうちに徐々に慣れていきました。そして夜にタクシーに乗っている際に、「真実」のテーマ曲を聴きながら夜の景色を楽しんでいたところ、その一部の景色がどことなく日本の昭和を思い出させるようなそんな錯覚に陥り、すごく不思議な感覚になりました。この瞬間、また来てもいいかなと思い始めました。3泊4日という短い日程ながらもこの旅行が韓国という国そのものにも興味を持つようなりました。

また、板門店に行ったきっかけから第二次世界大戦後における朝鮮半島の歴史についても興味を持つようにもなりましたし、韓国ドラマも徐々に見始めるようになりました。帰国してすぐ、夜中に「ホテリアー」が放送されており、最終的にそのシナリオ・フォトBOOKと台湾版のホテリアーもネットで購入していました。ちょうどこの辺りから、ネット通販を本格的にやるようにもなり、台湾版ホテリアー以外にも英語版「オールイン」とか英語版「ごめん愛してる」とか頻繁に買うようになりました。

韓国語もこの旅行を境に、少しずつ趣味程度にやり始め、一文字一文字、なんとなく読めるようになったものの、ちょっとやらないでいたら、一気に全て忘れてしまいました。

その後、2005年2月には全日空のマイレージを使用して、一人で8泊9日のソウル旅行を行くことにしました。カナダのトロントから帰ってきて3日後だったこともあり、あまり準備できずに現地へと向かいました。

しかし、この時、私は大きなミスをしていました。最初の宿泊先であるソウルタワー・ビレッジの地図、住所、TELを控えて(印刷)いませんでした。とりあえず、自分の頭の中の記憶を頼りにその周辺に行ったものの、アパートのような建物のだったこともあり、どれも同じに見え、さまよいました。途中で限界を感じ、南山ケーブルカー付近のタクシーの運転手に聞いてみることにしました。

しかし、タクシーの運転手もよく分からず「モルゲヌンデ(分からないんだけど)」と言われました。そのタクシーの運転手は親切なことに他のタクシーの運転手にも聞いてくれたものの誰も知りませんでした(笑)

天気もあまりよくなく、本当に大ピンチの状況でしたが、ここで奇跡的にも私がプリントアウトしてきた中に「KIS KOREA」というソウルの情報を配信しているサイトの電話番号がありました。KIS KOREAは当時、唯一ソウルタワービレッジの予約を受け付けているところでもあったので、ここを経由して申し込んだわけではなかったものの、なんとかなるのではと思い、再度、タクシーに向かい、そのTELを見せてみました。するとタクシーの運転手は電話してと頼んでもいないのに、そこにかけて聞いてくれました。その結果、なんとかなるような感じだったので、とりあえずそこのセンターに向かいました。

到着して中に入ると日本語のスタッフが出迎えてくれ、ソウルタワービレッジと連絡を取ってもらい、事なきを得ました。そこのスタッフからは「すごい行動力ですね~」と言われ、感心されましたが、ただ必死なだけでした(笑)

ちなみにこの一年後、同じくソウルタワービレッジに宿泊した際にも似たようなミスをしてしまい、この時には世宗ホテルのベルボーイに助けられました(詳細は省略)。

話を戻しますが、次に泊まったコープレジデンスでもちょっとしたトラブルに見舞われました。これは宿泊予約専門サイト側の手配ミスで、ネット使用できる部屋を手配したはずがされていませんでした。しかも、チェックイン時間の表記ミスもあり、すぐに電話をして話し合いました。色々と話し合った結果、部屋を変えてもらったうえに、宿泊代はお詫びということで宿泊予約サイト側が一泊分を負担することになりました。

この旅行では暮らすようにソウルを旅したいということもあり、米も日本から持っていき、おかずはロッテマートで買って食べたりもしていました。その心がけのせいか旅行なのに朝起きたのが12時だった(当時は学生だったので)ということが2度もありました。

この旅では8泊したこともあり、色々とみて回り、より韓国に興味を持つようになり、2006年2月にはソウル、同年4月には福岡から1泊2日で釜山へも旅行にいきました。

そしてこの年の夏、Skypeで韓国人の友達ができ、毎日のように話し、プレゼントなども交換するようになり、本格的に韓国語の勉強をするようになりました。このときにチャットやメッセンジャーもよくやったことから、ハングルにも慣れはじめました。

そして、この時にある勉強方法も思いつきました。それは、会話の中で出てきた韓国人の使う生のフレーズや覚えた単語をどんどんパソコンに単語登録するという方法です。例えば「はい」と入力して変換キーを押せば「네」が出てくるような感じですね。これをすることにより、すぐに返事も打てますし、簡単な言葉は翻訳機を通さなくてもよくなり、チャットもスムーズに行くようになりました。

ちなみに現在、私のパソコンに3000語近く韓国語が登録されています。ただ、あまり登録しすぎると、韓国語の候補が結構邪魔にもなってちょっとイライラします(笑)

2007年4月頃になると、ちょうどラジオのNHK講座が始まり、それを全てMP3で録音して続けていくようにしました。2007年5月には本格的に韓国語の勉強を始めてから、初のソウル旅行をしましたが、今まで見てきた韓国とは全く違った世界が広がっていました。看板の文字が一部読めるようになっていて、結構感動しました。また、歩いているだけで全てが勉強という感じで看板ばっかり見て歩いていました。

その後もその勢いにのり、NHK講座を中心に韓国語の勉強を続けていましたが、途中で息切れし始め、録音のみ状態になりました。それでもなんとか一年間録音だけは続け、NHKのテキストも1年間買い続けました。結局、録音のみの状態だった部分はその後も聞くことはなく、今もパソコンに保存された状態になっています(笑)。NHKのテキストも後半にいくにつれ、あまりやらなくなったこともあり、きれいな状態でしまわれています。

それでもこのNHKラジオ講座が役立ったことは間違いなく、ある意味、私が持っている数少ない韓国語の教材の中でも最強だと思っています。NHKのテレビ講座の方もやってはいたものの、内容が薄いので、あくまでも言葉に慣れるためだけに見ていました。

2008年5月には6回目となる韓国旅行へ行き、この時には簡単なことは韓国語でいえるようになりつつありました。ホテルにて「チェックインまで時間があるので、荷物だけ預けたいのですが」ということを韓国語でいうと、スタッフから「잘하시네요(上手ですね)」と褒められました。

この辺りから韓国の朱蒙という歴史ドラマも見始め、完全に韓国ドラマを見るのも日常生活の一部になっていきました。しまいには、第5共和国という韓国の現代史を描いたドラマも見て、韓国の現代史まで詳しくなっていきました。

その後も2009年4月、5月にはバスに乗って地方へも行きましたし、2010年1月にもKTXで民主化の舞台ともなった光州に行ったりと行動範囲もかなり広がりました。

だいぶ言葉に慣れてきたこともあり、Skypeでもゆっくり言ってもらえばそこそこの会話はできるようにもなり、英語よりも明らかにレベルが上になりました。とはいえ、まだ韓国ドラマも字幕なしでは3~4割(ホームドラマ的なものに限る)しか理解できないですし、単語も文字で覚えているのではなく、音を中心に覚えているのでパッチム(文字の一部:ㄴㄹなど)を見ないと正確な発音ができないこともよくあります。

今後はこの辺りも詰めてやっていこうと思いますが、基本的にはドラマを元に継続していけば、日常的な会話はできるようになるとほぼ確信にいたっています。スクリプトも韓国のHPに行けばあるので、とにかく慣れるということが全てだと思います。

以上が韓国語の出会いと今までやってきた学習法です。あと、最初に「一応」を最後に説明すると書いたので、ちょっと書きたいと思います。

実は今から3年ほど前に物を整理している時に、ふと高校1年生(1998年)の夏休みの課題(社会科)に使用したノートが見つかりました。この時に出された課題は「どこでもよいので海外旅行のプランを立てる」というもので、そこで私はなんと韓国を取り上げていました。しかも当時の先生宛にハングルでメッセージも書いており、その先生からはハングルでエクセレントと返答されていました。本当に大したことではないのですが、当時から将来、韓国をよく旅行することを予知していたのかなと思いました(笑)

正直、ここまで韓国にはまるとは全く思っていませんでした。もちろん、反日感情が強い国であることも、逆に反韓感情がある人がいることも、色々な諸問題があることも理解しているつもりでいますが、それらのことについては、人それぞれにそれぞれの考え方があるので、私自身はそこまで気にしていません。もちろん、WBCとかで日本に対してかなり過激な報道をしたりしているのを見た時などは「何それ!」と思うことはありますけど、それはそれである意味面白いとも思っています。

ただ今までチャットやスカイプをした同じ世代の韓国人と話す限りでは、日本に対する認識も変わってきているのかなぁというのは少なからず感じています。もちろん、そういう人達は日本に興味があり、日本語を勉強している人が大半であまり参考にはならないとは思いますが・・・。ただ私もせっかくここまでやってきたので、日本語を話す韓国人に負けないように韓国語の勉強を続け、20代の内に日常会話が出来る様にやっていこうと思っています。

投稿日時:2010年5月25日22:48

中学時代まで遡って書いていますが、途中から旅行記も含まれており、その当時の記憶の中に入りこんでしまった為、非常に長~い文章になっています(笑)

まず、英語を初めて勉強したのは、多くの方と同様、中学生での授業です。最初のうちは新鮮で嫌いではなかったものの、中学1年生の後半にいくにつれ、文法用語が理解できず、極めて苦手な教科になっていきました。あまり大きな声ではいえないですが、60点満点の学力テストで一桁の点数をとったこともありました。当時は友達と「日本から出る気はないし、英語っていらないよね?」という話をしていたぐらい興味もありませんでした。

高校に入ってからも相変わらず苦手でしたが、さすがにこれ以上、英語で足を引っ張ることだけは避けたかったので、点数を稼ぐためだけに、文法とかはほとんど無視した暗記重視のスタイルでやりました。その結果、成績は安定して10段階で7~10でしたが、根本的に理解していたわけではないので暗記した以外の英文はお手上げ状態でした。

ただ、高校生の時に、洋楽(カーペンターズ、ビートルズ他多数)を聴いたり、海外ドラマ「フルハウス」を見たり、高校2年の教科書に載っていたローマの休日をきっかけに映画もたくさん見るようになりました。また、NHKのイタリア語の語学講座とかもちょっとやってみたりと海外そのものにもかなり興味を持つようになりました。そういったことからも徐々に英語に対する意識が変化し、英語に対する憧れや克服したいという気持ちも少なからず生まれるようになりました。ただ、中学時代にきちんとやらなかったという思いもあり、苦手意識をもったまま大学へと進学しました。

大学へは指定校推薦で進学したので、センター試験は受けなくてすみました。ただ、逆にセンター試験の勉強をしていないということから、英語に対する苦手意識は余計に強くなりました。案の上、入学前に大学側から出された課題には英語が含まれており、全く分かりませんでした。とにかくお手上げ状態だったので、英語が得意の親友に全部やってもらいました(笑)

そうした中、ちょうど大学入学直前にアルバイトを始め、そこで幸いにも英文科の友達が出来ました。その友達に英語を克服したいということを相談すると「まだ十分に今からでも間に合う」と言われ、「とにかく英語を聴くこと」とアドバイスをもらいやってみることにしました。

大学では外国語は必修科目でしたが、英語を選択しなくても良かったため、ロシア語とドイツ語を選択しました。ただ、英語を克服したいという思いもあったため、オーラルコミュニケーションという会話重視の科目も選択することにしました。

しかし、これがまたさらに英語に対する苦手意識を強くさせました。授業内容は全て英語で、基礎が出来ていない私が到底分かるはずもありませんでした。

その結果、自分のペースで一からやり直したいという思いが強く生まれ、オーラルコミュニケーションはやめることにしました。そしてここから私の独学での英語の勉強がスタートしました。ちなみに大学ではその後、一切英語の科目をとらないまま卒業しました。

まず、最初に始めたのは高校時代に使っていた「わかる 使える アンビシャス高校英語」を読むことにしました。この本は今読んでもかなり分かりやすく、英語の初心者にとっては最適な一冊です。

ただ、それを読んでも「I want to go to Tokyo.」という文で何故toが二回も出てくるのかとか、「A girl singing in karaokebooth」という英文がなぜ文ではなく句なのか、理解出来ませんでした。当然、その語順もよく分かりませんでした。

そこで気分を変えて新しい英語の教材を買うことにしました。最初に買ったのは「基本表現80で身につく英語」という本でした。しかし、この本は文法用語がかなり多く使われ、「目的格補語」「疑問副詞」「原形不定詞」とか初心者向けではありませんでした。それでもせっかく買ったのでと、付属していたCDを寝る前とか聞くようにして利用していました。

あとは、英語はただ聴くだけ(多聴)でも効果があるということだったので、とにかく聴くようにしました。ただ、それをやっても正直、上達した感はなく、別な教材も買い始めるようになり、この頃から教材を買うのが趣味といえるほどになっていきました。数が多いので何の本を買ったのかまでは書きませんが、よく雑誌とかでも紹介されていた「ドリッピー」もやってみました。このドリッピーについては長く続かず、5ヶ月間で終了しました。まともにやればそれなりに実力はつくのかもしれないですが、私には合いませんでした。

そんなこんなで模索しながら続け、その力試しもこめて、2002年2月、JTBのカナダ・トロント6日間フリープランコースを利用し、初めて海外へ一人旅にいくことにしました。ちなみにトロントを選んだのは治安がよいからでした。この旅行で英語の最初の洗礼を受けたのは、乗継先でのバンクーバーにおける入国審査でしたが、それは何とかクリア出来ました。

次に私を待っていた試練はトロント行きの便での機内食でした。カナダの国内線ということもあり、日本語が使えません。英語とフランス語のみです。なにやらメニューが二つあるようでしたが、その内容すら分かりません。とりあえず、何でもいいのでと思い、CAの発音を真似して「ワッホー」と言ってみました。するとワッフルが出てきました。「なるほど、ワッフルのことか・・・」と思いつつも、内心かなりドキドキでした。

トロントに到着後は、私一人の為にJTBの係員が迎に来て、ホテルのチェックインもしてもらいました。到着した日は夜だったこともあり、そのまま就寝し、次の日からトロント市内を散策しました。

そしてその日の夕方、海外の雰囲気に慣れてきたこともあり、電話でピザを注文することにしました。しかし、ここでまた試練が待っていました。ベーコンのピザを注文しようとしても発音が悪く、「sorry sorry」を連発されました。しまいには「No English?」といわれ、自分の力のなさを痛感しました。一応、ピザの方はなんとか注文できましたが・・・。しかも、日本の感覚でミディアムサイズを注文したところ、あまりにも大きくて、二切れしか食べれませんでした。

次の日はなんとかバスに乗ってナイアガラを見に行きました。その次の日も市内観光をしてこの旅行を終えました。初めての海外旅行だったこともあり、すごく良い思い出にはなりましたし、二度と「No English?」と言われないように頑張ろうと思うようになりました。

それから数ヵ月後に、初めてTOEICというテストを受けることにしました。点数は305点でした・・・。それでもいつかは克服したいという思いは変わらず、多聴をメインにその後も続けていきました。そして心のどこかに短期留学ということも考え始めました。夏ごろには具体的に考え始め、その費用を夏休みに一気に稼ぎました。そして2002年12月頃、今はなきGateway21で申し込みを行いました。行き先はまたまたトロントです。

そして2003年2月、これで話せるようになるという思いをこめてトロントへ向かいました。到着するとホームステイ先のマザーとGateway21の担当者が待っていました。Gateway21の担当者とは空港で別れ、ホームステイ先のファザーが運転する車に乗り込み家へと向かいました。

家に到着すると、色々と説明を受けましたが、なんとなくしか分かりませんでした。その後、マザーが誰かを呼ぶと、その娘と同い年の韓国人が出てきました。韓国人は私と同じように留学しているとのことでしたが、Gateway21にはあらかじめ、私一人だけという話だっただけに意味が分かりませんでした。しかも部屋にテレビもはるはずが、それもありませんでした。とりあえず、次の日から語学学校に行くことになっていたので到着した日はそのまま就寝しました。

語学学校では最初にテストがあり、その結果から一番低いクラスにいくことになりました。そのクラスには色々な国の人がいて、国際色豊かでしたが、そのクラスにいた韓国人から「You look like korean」と言われました。韓国語は当時、本格的にやっていたわけではありませんでしたが、「アルゲッスmニダ(わかりました)」「モルゲッスmニダ(わかりません)」という言葉は知っていたので、それを言ってみると発音も韓国人みたいだと喜ばれました。

さて、授業の方は朝9時~3時位まででしたが、オーラルコミュニケーションの再現ではないですが、授業についていけませんでした。一番低いクラスとはいえ、南米人はよくしゃべるし、他の日本人も結構できる人達のように思えました。

結局、トロントの町をもっと観光したいというのもあり、授業は午前中だけにして午後は観光にしました。午後を観光に当てたこともあり、色々とトロントを見て回れましたし、映画館で映画を見たりもできました。ただ、体感温度が-36度の時もあり、それ以外でも朝はほとんど-20度に近かったので、北海道人の私でもかなり寒かったです。

ステイ先では、そこの韓国人と文化の違いとかをときどき話したりしながら過ごし、あっという間に一ヶ月が過ぎ、帰国となりました。

帰国してからの英語力については、ほんの少しだけあがったかも・・という感じで、それほど大きな変化はありませんでした。もちろん一ヶ月という短い期間だったのいうのもありますが、結局、本気でやらない限りは駄目なんだと思いました。

それでもその経験をもとに自分のペースで英語を続けていきました。そして2004年2月にはバンクーバーへ旅行に行き、2004年6月には再度TOEICを受けてみました。その結果、530点(リスニング355点、リーディング175点)でした。一応、2年前から200点以上アップしたので成果は出たのかなと思いました。ただ、リーディングのスコアが2年前と対した変わっていなかったのが残念でした。

その後も30歳までにはしゃべれるようにという漠然とした目標を定め、気が向いたら英語をやるという感じで続けていきました。そして2005年2月にはまたまたトロントへ旅行に行き、同年3月には学生生活も終えました。

しかし、卒業後は英語よりもホームページの作成や韓国語に興味がわき、徐々に英語から離れていきました。2006年にはSkypeで韓国人の友達がいたことや、野球が盛り上がったこともあり、英語は完全にやらなくなり、いつの間にか英語の「え」すら忘れ、英語に対する苦手だけが復活していました。

それから長い月日がながれ、時は2010年3月になっていました。その頃、ちょうど世界フィギュアで日本の選手たちが英語でインタビューしているのを目にしました。その瞬間、またやり始めようかなと思い始めました。4月からは本格的に再開し、学生時代の経験から多聴はやめ、高校時代に使っていた教科書と中学時代の英文法の本から徹底的に基礎を固め、文の構造を理解するようにしました。

年齢を重ねて読解力がついたのか韓国語を勉強していた影響かは分かりませんが、文法も面白く思え、ようやく文や句の違い、語順などが分かるようになってきました。また、とにかく英語は基礎が大事ということと、覚えるというよりも慣れることだということにも気づき始めました。

そして、現在に至り、学生時代に定めた30歳までにという目標を甦らせました。以上が今までやってきた私の独学英語です。

なお、現在、やっている方法については別なページで書くつもりなので、興味のある方はそちらを見てください。今後はその方法で続け、目標を達成したいと思っています。

投稿日時:2010年5月25日17:42

「このブログについて」でも書いた通り、私自身の自己紹介と現在のレベルについて書きたいと思います。ただ、自己紹介については趣味で作っているホームページに「プロフィール」というコーナーがあるので、ここでは簡単に書きたいと思います。

【名前(ニックネーム)】KO

【誕生年月】1982年8月

【性別】男

【趣味】HP作成、語学、旅行、スポーツ観戦(主に野球とフィギュアスケート)、パソコン、音楽鑑賞、映画鑑賞

【住んでいる場所】北海道

【このブログにおける目標】炎上せずに目標を達成できるよう頑張る

【現在の英語のレベル】初心者は脱したレベル

【現在の韓国語のレベル】初級レベルぐらいかな~

 

投稿日時:2010年5月25日13:30

このブログは私が20代のうちに英語、韓国語の上級者を目指す日々を綴る公開ブログです。高いモチベーションを維持する為にも前々からこういうブログをやってみたくて始めてみました。ただ、あくまでも自分のためのブログなので、内容はつまらなさ100倍だと思います。

なお、このブログはPHPのプログラム言語とMySQLのデータベースを使った、オープンソースのブログソフト「WordPress」を利用して作成しています。「PHP?MySQLってなに?」と思うかもしれませんが、私もよく分からないので細かい説明はできません。とりあえずWordPressについて言えることは、自分でカスタマイズできるブログということです。URLアドレスを見ても分かるとおり、私が趣味で作っているホームページアドレスが根っこになっているので、他のよくあるブログとはちょっと違うということが分かると思います。

さて、話を元に戻します。このブログのタイトルに「無理か!?」と入っていますが、私が30歳を迎えるのは2012年8月で、あと2年ちょっとしかありません。人によっては「2年もあるじゃん!」と思うかもしれませんが、今から2年前のことを振り返ってみると、私の感覚ではついこの前のことのような感じがします。つまり、私にとって2年という月日はそれだけあっという間ということになります。

当然ですが、語学以外にもやることがたくさんあるので、語学に使える時間は限られてしまいます。しかも、英語と韓国語の両方なので2年ちょっとでは時間が足りず、無理かもしれません。そういったことからそのような文言を入れました。あと、どうでもよいですが、このブログのタイトルでいうトライリンガルとは英語、韓国語、日本語のことです。

さて、何の目標もなく、ただ単に上級者を目指すといっても面白くないので、英語についてはTOEICは900点以上+日常会話可能、韓国語については字幕なしでドラマ8割以上理解+日常会話可能+余裕があれば検定取得(詳細未定)を目標にしようと思います。

ブログの主旨は以上のような感じです。あと、記事に対するコメントについてですが、どなたでも自由に書き込んでいただいてOKです。内容もなんでもOKです。ただ、いうまでもなく、社会的秩序に反するものは削除しますので、その点はご了承下さい♪

さて、ここからスタートといいたいところですが、他の人達のこういうブログを見ると、英語との出会いや習得方法などを書いている人が多いので、私もちょっとそういった記事を別のページで作ってから始めたいと思います。

投稿日時:2010年5月25日12:45

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